5歳からつけ始め、数を増やしていく“首輪”には不便も

東南アジアの国、ミャンマー。
記者が訪れたのは、日本からも直行便が飛ぶ最大都市ヤンゴンから国内線に乗り換えて、約1時間ほどのところにあるカヤー州パンペット村。
数百年の歴史をもつ「首長族」が暮らす村だ。

出迎えてくれたのは、鳥に餌をやる女性だ。
その首には、幾重にも巻かれた金色のリングがあった。

女性たちが真鍮でできた首輪を巻くという独特の風習を持つ少数民族「首長族」。
現在、ミャンマーの他、国内での紛争を逃れた一部が隣国タイに避難し、保護されている。
ミャンマーでは「カヤン」と呼ばれ、首が長ければ長いほど美しいとされている。
5歳から10歳ころに6個から10個ほどの首輪をつけ始め、その数を増やしていくのだ。

こうして50年以上も首輪をつけているムー・タンさん(68)は、首長族の長老の1人。
とはいえ、首輪をつけたままの生活に不便がないわけではない。 

首を保護するため、寝るときは高い枕を使い、横を向いて寝るという。
さらに、「首がかゆい」と感じた時は、アクセサリーとして身に着ける棒を孫の手代わりに使っていた。

近代化で美意識に変化「勉強の妨げになる」とも

ムー・タンさんが暮らすこの秘境の村では、女性の首を長くする伝統が数百年もの間、守られ続けてきたが、村ではその伝統を揺るがす大きな問題が起きていた。
それが、若い世代に広がる深刻な首輪離れ。

16歳の少女は「学校に行っているのでつけません。興味もありません」と語った。
さらに、19歳の少女も「16、17歳の時に首輪を外しました。現代っ子だから、首輪はしません」と話す。

ミャンマーに押し寄せる近代化の波によって首輪に対する美意識は薄れ、実生活への支障も首輪離れに拍車をかけているというのだ。

一見すると、そこまで重そうには見えない首輪だが、その重量は5kgもあった。
真鍮製のリングは硬く、容易に外すことはできない。首や足首など、全身につけたリングの重さは10kg近くになることもあるという。

生後3か月の子どもを育てるパンペット村のム・ニーさん(21)も、つけていた首輪を外した女性の1人だ。
勉強の邪魔になったことが、その決断の理由だった。

「17歳の時に一生懸命勉強をしなくてはならなくて、首輪を外しました。両親は何も言わず、理解してくれました」
ム・ニーさんの夫は、「首輪があってもなくても彼女が好きです」と言う。

しかし、首長族の伝統を支えてきた高齢の世代は、廃れゆく文化に危機感を募らせている。
長老の1人であるムー・タンさん(68)は、「孫には『首輪をつけない』と言われました。『教育を受けたいから』と」と言い、ムー・ダンさん(70)も「次の世代が伝統を継承できないのは悲しいことです」と語った。

再びつけることを決めた女性たち…新タイプの首輪も登場

薄れる伝統への価値観。こうした中、パンペット村に変化の兆しも現れつつある。

ミャンマー政府は、首長族の村に外国人観光客が訪問することを6年前に解禁した。
さらに、少数民族ロヒンギャへの迫害で欧米諸国からの旅行者が減少する中、10月からは、日本人や韓国人、中国人の観光ビザを1年間免除し、さらなる観光客を誘致した。
近代化を進める上で、首長族は貴重な外貨収入を得られる観光資源と位置付けているのだ。

こうした動きを受け、一度は首輪を外した女性たちが、再びつけることを決断していた。
「観光収入につながれば」と子どもの頃に外した首輪を再びつけることにしたム・ボアクさん(17)。 

母親から受け継いだ首輪を次々と巻いてもらいながら、「痛いです。まだ終わっていないのでどうなるか分からないけど」と、10年ぶりの首輪に少し不安げな様子だった。

一方、巻くのを手伝った首輪歴40年以上というおばのム・トゥ(48)さんは、「首輪は伝統だからとてもうれしい。伝統を失わずに済むのだから」と話した。
無事に巻き終えたボアクさんは、鏡で首輪姿を見て笑顔をみせていた。
首長族の伝統を再び、受け入れた瞬間だ。

こうした首輪をつけるのをやめた女性たちのために、最近では、2つのパーツに分かれた着脱可能な新しいタイプの首輪も登場している。

かつては、美しさと富の象徴でもあった首輪。
しかし、ミャンマーのカヤン州などに20~30年前までは数百人いた首長族の女性は、いま大幅に減少している。
国に押し寄せる近代化の波にもがきながら、首長族の村は必死に生き残りを図っている。

(「プライムニュース イブニング」10月3日放送分より)