宮城・石巻市。
海岸から約1kmの場所にある湊中学校。

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震災のあとに設置された「避難階段」。高さ6mの位置には、東日本大震災の津波到達を示す印が…。

子供たちの声が響くのは、校舎の1階ではない。教室は全て3階と4階にある。
震災当時、生徒は全員下校していて、学校で犠牲になった人はいなかった。
しかし、被災前と同じ場所で学校を再開するにあたり、安全対策を重ねてきたという。

「防災主任」の吉田瞳先生。
「防災主任」は、宮城県が震災の翌年、全国に先駆けて、全ての公立学校に置いた。
防災教育や、防災マニュアルの見直しなどを担当する。

石巻市立湊中学校 吉田瞳 防災主任;
突風、竜巻、原発事故、風水害、台風、大雨による洪水、大雪…。それぞれの学校で(マニュアルを)作って、それぞれの学校で見直して、今に至っている

きっかけとなったのが、石巻市立大川小学校だ。
津波により、児童74人と教職員10人が、死亡または行方不明となった。

なぜ“学校の管理下”で子供は命を落としたのか。
遺族が訴えた裁判は、2019年10月、最高裁判所で判決が確定した。
判決では、「学校や教育委員会は防災マニュアルに、詳しい避難場所や経路を定めず、事前の備えが不十分だった」と指摘。
子供の命を預かる学校に、より厳しい注意義務や、防災対策の強化を求めた。

湊中学校も津波からの避難計画を見直した。

吉田瞳 防災主任;
あそこまでとにかく走れるまで走る。みんなで小走りで、とにかく早く高台まで上がろうということで。学校から走ってきて、この歩道橋を渡って、高台の方に上がっていく

高さ30mほどの高台。
中学校から避難道を通って、坂道をあわせた距離は約400m。
校舎を越えるほどの大津波を想定して、全校生徒80人が避難する計画だ。

吉田瞳 防災主任;
今年度、訓練では8分。10分かからないで全員上ってこられました。生徒が上がってきたら山側を見て整列させる。海(津波)を見せないように

訓練は定期的に行い、いつ避難してもいいように経路の安全確認などを繰り返している。
食料や毛布などを備蓄する防災用の倉庫も整備した。

吉田瞳 防災主任:
大川小学校と同じようなことが二度と起こらないように、学校として子供たちを安全に親元に帰すまで守らなきゃいけないと意識している。どう守っていかなければならないのか、みんなで日々考えているところ

二度と繰り返さないために…
子供たちの命を守る教育現場の模索は、続いている。

(仙台放送)