金正恩氏、マスクせずに健在誇示

コロナウイルスの世界的感染拡大で、しばらくなりを潜めていた北朝鮮が再び動き出した。
韓国軍の合同参謀本部は3月2日、北朝鮮が東部元山から短距離弾道ミサイルとみられる飛翔体2発を発射したと発表。北朝鮮のミサイル発射は2019年11月末から3か月ぶり、今年に入っては初めてだ。

北朝鮮メディアは翌3日、金正恩朝鮮労働党委員長(以下金委員長)が朝鮮人民軍の「前線長距離砲区分隊」の火力打撃訓練を現地指導したと伝えた。労働新聞には「超大型放射砲」と「240mm多連装砲」とみられる写真が掲載されていた。韓国軍によると超大型放射砲の発射間隔は約20秒。2019年11月末に発射した際は30秒で10秒短縮された。当初は20分かかっていたのと比較すると短期間に連続発射能力が大幅に向上したことが伺える。

3か月ぶりのミサイル発射の背景には、決裂した2度目の米朝首脳会談から1年となる節目に改めてアメリカの関心を引きつけたいとの思惑や、コロナウイルス対策で活動を自制していると見られていた金委員長の健在ぶりを誇示する狙いがあったとみられる。

2019年6月 米朝首脳会談

金委員長は2月28日にも陸海空合同打撃訓練を現地指導した。合同打撃訓練は3年ぶりとなるが、今回は最小規模で開催されたという。

北朝鮮ではコロナウイルス感染拡大を防止するため、1月下旬から“非常防疫体制”を宣言。中朝境界を封鎖し、住民の隔離を徹底するなどなりふり構わぬ感染防止策を取ってきた。大型行事の開催が相次いで見送られ、2月の金正日総書記の生誕記念行事や、建軍説行事も規模が縮小された。金委員長自身も「超特急防疫措置」を取るよう指示し、全ての部署に「絶対服従」を義務付けた。

こうした中で目を引いたのが、金委員長の“マスクなし”姿だ。一連の軍指導では、随行の軍幹部や兵士らが揃って黒いマスク姿なのに対し、金委員長は黒皮のコートに毛皮の帽子で一人だけマスクを付けていない。金委員長にはウイルスも近づかない、ということなのか、ウイルスを恐れない強気の指導者像を示そうというのか、気になるところだ。

兵士は黒いマスク姿なのに対し、金委員長は・・・

権力中枢に異変?…突然の幹部粛清

コロナウイルス対策に追われる裏で、北朝鮮の権力中枢部では密かに異変が進行していた。
朝鮮中央通信は2月29日、金委員長が主催して党中央委員会政治局拡大会議が開催されたと伝えた。 この場で李万建(リ・マンゴン)と朴泰徳(パク・テドク)両党副委員長の電撃解任が発表されたのだ。李万建氏は党組織指導部長、朴泰徳氏は農業部長を務めていた。

赤で囲った人物が李万建組織指導部長
赤で囲った人物が朴泰徳農業部長

一党独裁の北朝鮮では朝鮮労働党が絶対的な力を持ち、党が全てを指導する体制だ。その党の中でも最も強大な力を持ち、恐れられているのが“組織指導部”だ。党幹部の人事権を一手に握り、事実上、他の部署を配下に収めると言っても過言ではない。いわば、「金委員長の目と耳、腕と足、頭脳の役割をする部署」(元北朝鮮高位幹部)で、最高権力者に直結している。そのトップが突然解任されたのだから、衝撃は大きい。

北朝鮮が高位幹部の解任を公に発表するのは、2012年12月に張成沢国防委員会副委員長(当時)以来だ。金委員長を激怒させるような、よほどの事態があったと見ざるを得ない。
一体何があったのか。

朝鮮中央通信は解任の理由について、「党中央委員会の幹部と党幹部養成機関の活動家」に、「非党的行為と権勢、特権、官僚主義、不正腐敗行為」が露見したと指摘。さらに、「不正腐敗現象を発露させた党幹部養成拠点の党委員会を解散」し、処罰したと伝えた。

李万建氏の解任について韓国中央日報は、「金日成主席党高級学校」の入試不正事件が原因だと報じた。金日成主席党高級学校は、北朝鮮のエリート養成機関の中でも一際高い地位にあり、卒業後は党幹部の地位が保証される。このため賄賂を使っての不正入学が横行し、密かに内部調査が進められていたという。党幹部の養成も組織指導部の管轄だ。李氏が入学にあたり組織指導部の権限を乱発した可能性が指摘されている。

金与正氏との確執も?コロナ感染者が発生?

一方、李万建氏解任の背景には金委員長の妹、金与正氏との確執があるとの見方もある。
李万建氏が組織指導部長に任命されたのは、2019年4月。もともとは軍需分野の専門家で、北朝鮮の核ミサイル開発を統括してきた。2017年に大陸間弾道ミサイル・火星14型発射成功が高く評価され、組織指導部第一副部長に抜擢されたが、組織指導部生え抜きの幹部ではない。このため、組織指導部のトップとしては能力不足とみる向きもあった。

こうした中、金委員長の妹・金与正氏の地位に変化が生じた。 2019年12月末の党中央委員会総会(全員会議)で与正氏は第一副部長に任命された。肩書は明らかにされていないが、これまでの宣伝扇動部から組織指導部に移ったとの見方が出ている。事実とすれば李万建氏の部下になった与正氏が、その仕事ぶりに不満を抱いた可能性も否定できない。

コロナウィルスによる統制強化で市民生活への影響も深刻化

コロナウイルスによる統制強化で中国との往来が途絶え、生活用品や物価の上昇といった
市民生活への影響も深刻化している。

北朝鮮はこれまでに感染者は一人も発生していないと主張してきた。しかし、1日付けの労
働新聞は、「平安南道と江原道にそれぞれ2420人、1500人など3900人の「医学的監視対
象者」がいる」ことを明らかにした。この医学的監視対象者が、感染が疑われる人だとすれ
ば、北朝鮮内で感染者が発生するのは時間の問題か、既に感染者が出ていてもおかしくない
状況だ。

幹部の電撃粛清とミサイル発射再開は、住民の不満の高まりを抑え内部結束を強化する必要に迫られた結果ともいえる。金委員長はいつまでマスクをせずに耐えられるのか。コロナウイルスとの闘いは北朝鮮でも正念場を迎えている。

【執筆:フジテレビ 国際取材部長 兼 解説委員 鴨下ひろみ】