ウイルス学などを専門とする増田道明教授(獨協医科大学)とじっくり話をする機会があった。表題のように示唆に富む発言が多々あったのでご紹介したい。

「ウイルスがヒトの身体に適応できている可能性」

ーー今回のコロナウイルスは思ったよりずっと厄介なのでは?

教授;
そうだと思う。

武漢の医療現場
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ーーこんなに感染力が強いとは当初誰も思わなかった?

教授;
武漢で最初の患者が発生した当初は、感染力の把握はできていなかったかと思う。しかし、患者が増える勢いを見て、感染力の強さには気がついたはず。人間社会に新たなウイルスが入ってくると、誰も免疫を持っていないので、すごい勢いで拡がることはある。2009年の新型インフルエンザの時もそうだった。今回の新型コロナについて注目すべきは、感染しても症状が全く出ない人や症状が出るまでに何日もかかる人がかなりいることだ。これはウイルスがヒトの身体にうまく適応できている可能性を示唆する。新型インフルエンザが今では季節性のインフルエンザとして人類に定着してしまったように、この新型のコロナウイルスも人類に定着してしまう可能性は否定できない。

ーー病原性もかなり強い?

教授;
世界全体の致死率は2%前後とされるが、中国以外ではそれほど高くない。日本では今のところ0.2%かそれ以下と推定される。ただし、高齢者や基礎疾患を持つ人の致死率はそれより高いので注意が必要だ。一方、若くて健康な人が感染した場合、死に至るケースは極めて稀と考えて差し支えないと思う。断言はできないが、インフルエンザと同じか少し強い程度と考えていいかもしれない。もちろん侮ってはならない。が、怖がり過ぎることの弊害にも注意が必要だ。

「終息」ではなく「収束」

ーーコロナは暖かくなれば消え去るのではないのか?

教授;
そうとは限らない。温暖な東南アジアでも感染者は見つかっている。これほど感染力があると、春になったからと言って消え去ることを期待するのは無理があるかもしれない。

ーー患者数がどこかでピークを迎え、いずれはゼロになるというグラフを厚生労働省のホームページやテレビなどでも見かける(図)。グラフではいずれ完全に終息するようにも見える。

厚生労働省HPより

教授;
患者数が医療の限界を超えないようにするためには、増加のペースを緩やかにしてピークの到来を遅らせるのが重要だ。それを視覚的に訴えるために使われているグラフである。2本の曲線とも、いずれ患者数がゼロに近づき、やがて終息するという予想を描いている。実際、2003年のSARSコロナウイルスの流行は約8か月で終息宣言が出た。しかし、今回の新型コロナも、そうなるという保証はない。新型コロナはSARSよりも病原性が弱く、症状の出ない人も結構いる。当然、自覚の無いまま感染している人がある程度は存在し続ける状況も想定しなければならない。すなわち、「終息」ではなく「収束」というシナリオである。

こういう無症状の人からウイルスが感染したために重症化したり、亡くなったりする方も残念ながら出るだろうと思う。つまり、このウイルスは人類に定着するという可能性も視野に入れて、一定数の患者が継続的に発生するという前提で対策を講じるべきではないかとも思う。人類にはもう既に4種類のコロナウイルスが普通の風邪ウイルスとして定着している。新型コロナウイルスが第5の「風邪ウイルス」になっていくという覚悟も必要かもしれない。一方そうなると、免疫を持つ人も増えるので、感染の拡がりはむしろ抑えられるようになることも期待できる。

緊急避難的に多数のPCR検査が行える体制整備を

ーーそれにしても韓国では日本よりはるかに多くの検査を実施しているのに、日本では何故できないのか?

教授;
韓国は2015年に中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスのアウトブレークを経験しており、今回のような事態に対する備えができていたとも考えられる。しかし、日本でも実はその気になれば検査数を増やすことはできる。

日本では国の感染症対策の技術的な部分について国立感染症研究所(感染研)が主導する。今回も、当初は感染研だけがPCR検査を実施する体制になっていて、一日300件が限界とされていた。しかし、先日の安倍総理の会見によると、種々の検査機関の協力により4,000件は可能な体制が作られるとのことだ。PCRが行える大学や研究機関は全国にいくつもあるので、これらも協力できるようになれば、韓国と同等以上の検査体制はできるはずだ。

ーーでは、何故最初からそういう検査体制で臨まなかったのか?クルーズ船の乗員や乗客についても、遅々として検査が進まなかったという印象がある。

教授;
政治家の中には、PCRは特殊な技術で感染研以外ではできないと思っていた人もいると聞いている。感染研も自分達で抱え込むような形になってしまった部分はあるかもしれない。こうした事態を避ける為には、省庁や自治体間の壁にこだわらず、専門的な見地から政治家にタイムリーで正確な情報を提供する仕組みが必要になる。最終的に決断するのはあくまでも政治家だからだ。専門家会議の設置がもう少し早くてもよかったのかもしれない。

3700人の乗客・乗客全員のPCR検査を速やかに実施すべきだった

クルーズ船については、乗員・乗客合わせて3,700名の検査をなるべく速やかに行えれば良かったようにも思う。一日4,000件の検査体制があれば、短期間で全員の検査をできただろう。しかし、入港当初は乗員や乗客たちも船内でどれくらい感染が広がっているか把握できておらず、自分は症状も無く検査が不要だと考えて検体採取を断った人もいた可能性がある。つまり、仮に検査体制が整っていたとしても全員について一律に検査をすることは難しかったかもしれない。

いずれにしても、PCR法以外では診断できない新興ウイルスが出現する可能性は今後もある。いざという時、緊急避難的に多数のPCR検査を行える体制を日本でも準備しておくことは重要だ。

ーー検査の保険適用が開始されることの意義は?

教授;
主治医が検査の必要性を感じても、行政機関に対応してもらえないケースがあったと聞いている。その結果、検査をしてもらえない患者は不安になり、してくれそうな所を求めてあちこち動き回ることになる。もし、その中に本物の感染者がいたとすると、ウイルスを撒き散らすことになりかねない。保険適用されれば、研究目的や行政検査だけでなく、通常診療としての検査が可能になり、主治医の意向が反映されやすくなる。その結果、必要な検査が円滑に行われるようになると期待できる。

一方、気をつけないといけないこともある。患者に請われるまま安易に検査をする医師や、検査で儲けようとする医師が出てくると、不必要な検査が増え、検査体制や医療財政に無用な負担を生ずることになる。検査の必要性について医師が適切な判断を行うための指針の整備が求められる。また、患者が不必要な検査を主治医に求めたりすることの無いよう、社会啓発を進めることも大切である。

特効薬開発への期待

ーー新型インフルが発生したときは既にもうタミフルとリレンザが存在した。今回の新型コロナにはまだ無いという違いは大きいが、特効薬はいつ頃出来るか?インフル用のアビガンは期待できそうか?

教授;
アビガンはインフルエンザウイルスの遺伝情報が書き込まれたRNAの複製を阻害する薬だが、エボラなど他のウイルスにも効くことを示唆する報告がいくつかある。コロナウイルスが増える時もRNAの複製が必要なので、アビガンが効く可能性はあり、確認のための研究は進められていると思う。ただ、仮に試験管内の実験で効果があったとしても人体の中で効果があるかどうかは別問題。(筆者注;確かにインフルもコロナもウイルスは例えばアルコール消毒で死ぬが、体内に入ってしまったらもうアルコール消毒はできない。)ヒトの体内でアビガンが新型コロナウイルスに効くのか、臨床試験がまさに進められようとしている。

コロナウイルスに効果があるかもしれないと期待されるアビガン

アビガン以外にも、抗HIV薬のカレトラや抗エボラ薬として開発中のレムデシビルについて中国で臨床試験が進められており、日本でも行うことになりそうだ。さらに、喘息に用いるステロイド薬であるシクレソニドも効果があるとの報告が出てきた。これらの既存の薬が効けば治療に向けて大きく前進するが、想定外の副作用も絶対無いとは言えず、結果を待つしかない。また、新型コロナそのものを標的とした新たな治療薬の開発も試みるべきである。

ーーワクチンはいつごろできるのか?

教授;
ワクチンに期待する声は多いが、気になる点もある。例えば、デング熱という熱帯病の原因となるデングウイルスは1型から4型まで4タイプある。そのうちのどれかに罹り抗体のできたヒトが別の型のデングウイルスに感染すると、かえって重症化してしまうという特性がある。抗体依存性感染増強(ADE)という現象だ。新型コロナウイルスについてはまだ不明だが、実は、MERSコロナウイルスなど他のコロナウイルスにもADEが起こる可能性を示す研究報告がある。重症化する人に高齢者が多いのは、長く生きている分、風邪コロナウイルスなどに感染した回数が多く、抗体をいろいろ持っているからかもしれない。

つまり、ワクチンを接種してできた抗体がかえって悪さをする可能性も否定できない。確たることはもちろんまだ言えないが、今後ワクチンを開発することになれば、慎重に進める必要があるだろう。

感染者を増やさないことと、感染者“数”を増やさないことは異なる

ここからは筆者の感想に移る。

検査件数が少ないことに関して、医療関係者の一部から次のような旨の意見があった。「インフルのように特効薬がなく、重症化しないかぎり、自らを隔離して自然治癒を待つしかないのだから、やみくもに検査をするのは医学的にも意味がない。医療機関や検査機関がパンクする方が危険である。」

医学的にはその通りなのだろうと思う。リソースにも限りはある。しかし、人間はそんなに理性的ではない。増田教授の言葉を再掲したい。「検査をしてもらえない患者は不安になり、してくれそうな所を求めてあちこち動き回ることになる。そして、その中に本物の感染者がいたとすると、ウイルスを撒き散らすことになりかねない。」検査の保険適用は、このような問題を解決する一助になると期待する。

検査数が増えないのは五輪開催への影響を危惧する政府が見かけ上の感染者数を増やしたくないからだという意地悪な指摘が一部にあった。しかし、増田教授の話を聞くと、そのようなことはなく、他に複合的な原因があったらしいことが分かる。関連して申し上げたい。感染者を増やさないことと感染者“数”を増やさないことはその精神の根本において全く異なる。

言わずもがなだが、感染者を増やさないようにすることは、特に高齢者や基礎疾患を持つ方の命を守る為には重要である。自分は若くて元気でも、家族や親戚に高リスクの方がいる人は多いと思う。自分に症状がなければ家族や親戚にうつす心配はないなぞと考える人はもういないはずと思う。この先、不幸にして、もしも、このウイルスが人類に定着するとことになるとしても、感染者をなるべく増やさないようにすることは経済活動への悪影響をできるだけ抑える為にも肝要である。当面、咳エチケットと手指消毒をみんなが徹底し、リスクの高い状況を避けながら生活するしかないと思う。

迅速かつ正確な診断を行うための検査キットの開発、効果のありそうな既存薬の臨床試験結果、そして、先の事になるのだろうが、新たな特効薬の登場に期待したい。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】