日本大使呼び抗議

日本の入国制限措置に韓国政府が猛反発している。5日夜には駐韓日本大使館の総括公使を呼んで抗議したのに続き、6日には冨田大使を外務省に呼び出した。当初は趙世暎(チョ・セヨン)外務次官が大使と面会する予定だったが、直前に康京和(カン・ギョンファ)外相に格上げされた。日本側にプレッシャーを与えようという意図が伺える。

康京和外相が冨田浩司駐韓大使に抗議
康京和外相が冨田浩司駐韓大使に抗議
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大使を前にした康外相は、日本の措置は“不当で遺憾”だとした上で、即刻撤回を要求し、不満をぶちまけた。

「十分な協議はもちろん事前通報もなしで措置を押し切った事に慨嘆を禁じ得ない」

「非常に不適切でその背景に疑問が持たないわけにはいかない」

「私たちは不透明で消極的な防疫措置など日本のコロナ19対応に対する憂慮を持って見守っている」

「日本側の措置は真に非友好的だけでなく非科学的で、日本政府が客観的事実と状況を直視してこれを早く撤回することを強力に促す」

「日本側が撤回をしない場合、私たちも相互主義に基づいた措置を含んだ必要な対応方案を講じないわけにはいかない」


韓国側の言い分を言い換えるとこうなる。

まず、日本から事前通報もなく、寝耳に水だったことが気に入らない。安倍政権は感染対策ではなく政治目的でこの措置を決め、韓国をないがしろにしている。そもそも、韓国の検査体制は日本より上で透明性もあるのに、検査をちゃんとしていない日本に批判されたくない、というものだ。

これまでに韓国に対し入国制限や入国禁止措置をとった国は100カ国を超えた。5日には日本に先立ちオーストラリアが、「韓国から来た外国人に対する入国を禁止する」措置をとった。韓国政府は駐韓オーストラリア大使を呼び、遺憾の意を表明しているが、対抗措置を講じると明言しているのは日本に対してだけだ。

韓国外務省関係者はその理由について問われると「韓日関係と韓豪関係は違う」と話した。明言はしなかったが、いわゆる徴用工問題や輸出規制の問題で日韓関係が冷え切っている事が背景にあると匂わせた。感染防止対策とは直接関係のない、政治的な意図がある事は明白だ。

中国には“弱腰”なのに日本には“強気”…文政権の対応に批判

中国への対応はどうだったのか?
韓国政府は当初から中国人の入国禁止には消極的だった。2月中旬に新興宗教団体・新天地の信者に集団感染が確認され感染が爆発的に広がってからも、その対応は変わらなかった。

一方で政府・与党は、集団感染が発生した大邱と慶尚北道について、「『感染病特別管理地域』に指定し、通常の遮断措置を上回る最大限の封鎖政策を取る」としたため、「中国は封鎖しないのに、大邱はするのか」と猛反発が巻き起こった。

慌てた政権側は「地域封鎖ではなく、伝播と拡大を最大限に遮断するということ」だと釈明したが、大邱住民らの怒りは収まらなかった。

こうした中、今度は中国側が韓国人の入国を規制し始めた。2月25日、中国・山東省は韓国の仁川空港を出発し威海空港に到着した航空機の乗客163人(うち韓国人19人)をホテルに隔離。韓国外務省は山東省政府に抗議し、韓国民の速やかな帰宅を要請した。しかし、中国の隔離措置は北京、上海等各地に広がり、これまでに中国国内で860人に上る韓国人が強制隔離状態になっているという。

中国人を入国禁止にしない理由について文大統領は「不可能で実益がない」と説明する。「2月4日以降の中国人入国者に新たな感染者がいないのに、入国禁止したら、我々の不利益の方が大きくなる」と主張していた。

中国への対応が“弱腰”にならざるを得ない背景には、中国が韓国にとっては最大の貿易国であることに加え、THAAD配備の際に中国から受けた厳しい報復のトラウマがある。中国には怖くて手を出せないが、日本なら何をしても構わない。韓国に染み付いたこうした思考パターンが、今回の入国制限措置に対する対応でも如実に現れている。

“困ったときの反日頼み”はもう限界

韓国政府は6日夜、日本への対抗措置を発表した。日本同様3月9日午前0時以降、日本に対し以下の入国制限を実施することが決まった。

① 日本へのビザ免除措置と発行済みのビザの効力停止
② 日本からの便の到着空港を仁川、金浦、金海、済州から選択
③ 日本から入国する外国人に特別入国手続きの適用
④ 日本への旅行警報を4段階中2番目の自粛に引き上げ

日本の制限措置と決定的に違うのは、日本からの入国者に対し隔離措置を求める代わりに③の特別入国手続きを設置したことだ。日本が韓国から帰国する日本人も隔離の対象に含めているのに対し、韓国側は日本から韓国に戻る韓国人を対象から除外している。

特別入国措置は、もともと中国からの入国者を対象に新設された制度で、入国の際に韓国の滞在先住所と連絡先の届け出を求め、その場で連絡が可能かどうかの確認作業が実施される。日本からの入国者に対し隔離などの厳しい対応を取れば、併せて中国人の入国禁止措置を求める声が強まる可能性があったため、特別入国措置という苦肉の策を取ったとみられる。

9日午前0時から日本からの入国制限を適用へ
9日午前0時から日本からの入国制限を適用へ

一方、中国外務省は日本の入国制限について、「科学的、専門的かつ適切な措置を取ることは理解できる」と理解を示した。韓国の強硬対応とは対照的に冷静な受け止めだ。これは、韓国政府にとっても方針転換のチャンスと言える。今なら、韓国政府が日本と同様に中国人の入国を規制したとしても、中国政府は表向き理解を示さざるを得ない。韓国の医療専門家からは「今からでも措置を取るべき」との声も出ている。中国人入国禁止を求めてきた野党側の批判をかわす意味でも有効だろう。


6日、中国外務省の会見
6日、中国外務省の会見

初期の感染防止策の失敗や、マスク不足など、文政権のコロナウイルス対策に対する国民の不満は大きい。文大統領の弾劾を求める請願への賛同者は2月末までに120万人を突破した。4月の総選挙を前に、文政権を取り巻く環境は厳しさを増している。

韓国ではこれまで、時の政権が窮地に陥る度に、“反日”カードが活用されてきた。今回も日本の入国制限を批判して、国民の怒りの矛先をそらそうとしているが、その効果には限界がある。文政権にとって重要なのは、小手先の反日カードを振りかざすことではなく、いかにしてコロナウイルスを効果的に封じ込めるかだ。日韓双方がコロナ危機克服のために協力できることは何か、感情的な対応の前にまずそれを考えることが先決だ。


【執筆:フジテレビ 国際取材部長 兼 解説委員 鴨下ひろみ】

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鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。