利用者の減少などで地方交通の維持が難しくなってきている近年。

路線の縮小や廃止などで暮らす人々の“足”がなくなり、ますます街から人々が遠のき始めている。そのような中、交通を軸とした街づくりをビジョンに掲げて事業を進める企業がある。

「おかでんチャギントン」(C)チャギントン
「おかでんチャギントン」(C)チャギントン
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岡山県を拠点とする両備グループだ。同社では“子どもが楽しめる交通”をテーマに、昨年3月には世界で大人気のアニメ「チャギントン」のキャラクターが実際に岡山の市街地を路面電車として走る「おかでんチャギントン」の運行を開始。多くの子どもたちを喜ばせ、その走行する姿は観光客らにも人気となっている。

この実現を牽引してきたのが、両備ホールディングス代表取締役社長の松田敏之氏と両備グループデザイン顧問でもあるインダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治氏だ。

(左から)水戸岡鋭治氏、松田敏之氏
(左から)水戸岡鋭治氏、松田敏之氏

二人はどのような思いから「おかでんチャギントン」に取り組んだのか。そして地方交通の未来とは? 公共交通におけるあるべき姿を語ってもらった。

(聞き手・海老原優香アナウンサー)

3世代で楽しめるデザインを…

ーー2019年3月から運行を開始した“おかでんチャギントン”。反響はいかがでしょうか?

松田:
想像以上にたくさんの人に来ていただいております。「こんなにチャギントンが街を明るくするんだ」と、ネットやSNSでも反響がありとてもありがたく思っております。

水戸岡:
6歳以下の子どもと65歳以上の大人をテーマにしていましたので、そうすると当然その真ん中の世代であるお父さんお母さんもターゲットになる。3世代一緒に遊べるというところにこだわりました。

私の知人が小さな子どもを連れて乗ったところ、喜んで走り回っていたという話を聞いています。

「おかでんチャギントン」に乗ると…(C)チャギントン
「おかでんチャギントン」に乗ると…(C)チャギントン

松田:
水戸岡さんは、お子さんが喜ぶ形をデザインされることで有名で、実際にお子さんの目線になって見える景色をすごく意識されて作ってくださいました。そして、お父さんお母さんはその子どもたちの姿を見て喜んで頂いております。

でも意外だったのは、水戸岡先生が言われたように65歳以上の方がおかでんチャンギントンを貸し切りにして、とても盛り上がっていたということです。65歳以上の方の反応もすごくいいなと感じています。

−−「おかでんチャギントン」運行までの道のりを振り返って。

松田:
キャラクターを変えずに路面を実際に走行する電車としてデザインする。しかも内装はアニメには存在しない。これができるは水戸岡先生しかいないと、断られることを覚悟でお願いしたところ、意外にも水戸岡さんがチャギントンの「ウィルソン」と「ブルースター」のキャラクターをすごく気に入ってくださって、「やろうよ」と言って頂きました。本当に嬉しかったですね。

「おかでんチャギントン」の内装 (C)チャギントン
「おかでんチャギントン」の内装 (C)チャギントン

−−なぜ水戸岡さんは引き受けようと思われたのでしょうか?

水戸岡:
私が1番尊敬しているのがウォルト・ディズニーで、日頃からディズニーランドがすごいなと思っていたんです。一方で「そんな仕事をすることはない」と考えていたところに、これに近いワンダーランドを作るというのが、今回の仕事だった。私がデザインする中で大事にしていることは、出来上がったものから笑顔と笑いが生まれるということ。今回のチャギントンは、びっくりするぐらい“そのもの”だったのです。

(C)チャギントン
(C)チャギントン

ただ実際はいろいろ大変でした。図面がないので写真や資料を集めて書き起こす必要があったほか、国交省の路面電車のルールが厳しくてこれをクリアするためにどんどんデザインを変更していく必要もありました。そして最終的に子どもたちが見たときに、ウィルソンやブルースターと言われないと困りますからね。

−−水戸岡さんにはどのような形でデザインをオーダーするのでしょうか。

松田:

水戸岡さんは「作りたいもの」が明快でないと乗ってきてくださりません。今回でいうと、手段ではなく目的としても乗ってもらえて、世界から注目が集まるようなキャラクターを使った路面電車。そして内装は水戸岡さんにも考えていただきたいし、外装は目があることから「どうやって運転台を作るんだろう」などと色々なハードルがありました。その乗り越えなければならないハードルを整理してお伝えしました。今回はかなりご苦労をいただきましたが、結果として、想像以上の良い車両ができたと自負しています。

「おかでんチャギントン」の運転台 (C)チャギントン
「おかでんチャギントン」の運転台 (C)チャギントン

−−プロジェクトを成功させるために、一番大切なことは何だったのでしょうか?

松田:

やり切るまで諦めないということですね。やはり途中で何回も挫折をするのですが。例えば「これではキャラクターは成立しない」や「これでは国交省が認可をおろしてくれない」などいろんなハードルがプロジェクトの中で起こりました。そのたびに「絶対乗り切る!」ということを決めて諦めないということだと思います。

電車に乗る理由が手段から目的に

両備ホールディングス代表取締役社長の松田敏之氏
両備ホールディングス代表取締役社長の松田敏之氏

−−膨大な製作費用を掛けてまで、「チャギントン」を実車化する理由は。

松田:

実は今の時代、乗り物に関わる仕事をしたいと考えている子どもが少なくなってきていると感じています。今は電車に乗る理由が移動するための手段でしかないんですよね。「公共交通の会社として未来があるのか?」という想いもありました。

なので、子どもに憧れてもらえるような乗り物、移動する手段ではなく全国そして世界から人が集まってくるような電車を地域に作ることによって、電車の事業価値というものを変えていきたいと考えました。

加えて、地方から世界に発信していくことはなかなかできないんですけども、そんなポテンシャルがチャギントンにはあると感じたのです。ちなみに、会社では道楽だとはっきり言っています(笑)。

両備グループデザイン顧問、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治氏
両備グループデザイン顧問、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治氏

水戸岡:
しかし歴史的に見てヒットしたものは、その時代には、松田社長がおっしゃったような道楽から生まれていたはずです。経営者として非常識なものを作り、しかし時間が経つにつれて常識やブランドとなり、そして会社を作っていくのです。そのために僕らデザイナーがやるべきことは、まだ誰も取り組んでいないことに勇気を持って挑戦し、その非常識と言われたものを常識にすることです。

街づくりにも両備が貢献していきたい

−−松田社長は、今後のビジョンについてどのようにお考えでしょうか?

松田:

現在の環境は厳しくても、未来は自分たちで作っていくものです。環境を作っていけばもっと岡山に人が来てくださるかもしれませんし、事業を通じて全く違う価値を創造していくことができると思うんですよね。

未来が暗いとは全く考えていません。水戸岡さんと一緒に作った「おかでんチャギントン」もそうですし、いろんな乗り物を作ってくださっています。例えば未来型LRT「MOMO」「MOMO2」という車両もありますし。最近は「おかでんチャギントンバス」が走っています。

岡山のイメージは、果物のマスカットや桃、観光地でいうと倉敷の美観地区や後楽園などで、昔から素晴らしいものがあるのですが、近年話題になっているのが瀬戸内国際芸術祭や岡山芸術交流です。そこに「おかでんチャギントン」が走って、外から来た人が驚いてSNSにあげてくれているという状態です。

最近は乗り物を通じて本当にどんどん未来が明るくなっていると感じています。課題の解決というよりは、明るい未来を作っていくために努力し、魅力を感じる街作りに両備が貢献出来ればと思っています。

岡山を世界に誇れる街にしたい

−−両備グループが取り組む街づくりとは?

松田:

両備グループは今年110周年を迎えるのですが、今一番大きなプロジェクトが進んでいます。岡山駅から徒歩7分ほどの場所に1万1000坪の跡地を取得し、そこで街づくりをしています。東京で森ビルさんが六本木を変えられたように、岡山の街も世界に誇れる街になる可能性が十分にあると考えています。

岡山の良さというのは、温暖な気候があってそして一級河川が3本も流れていることから水不足の心配が少ないんですね。中国・四国地方の中では平地も広く野菜や米も豊富。さらには瀬戸内海という誇るべき海があるので、魚も豊富に提供できます。

このように岡山はポテンシャルを秘めた地域で、そこにふさわしい街をちゃんとつくっていくのが、私たちの役目でもあると感じています。

また岡山は芸術性も非常に高い地域でもあります。そういったものが研ぎ澄まされた街にもしたいと考えているので、たくさんの要素を取り入れていきたいですね。世界から「こうやって街ってつくるんだ!」と言われるような街をつくるべく、いろんな人の知恵を借りながら、今進めています。

 
 

−−“ワンダフルセトウチ”という活動も進められていると伺いました。

松田:
先ほども申し上げた通り、瀬戸内は本当に素晴らしいところで、ポテンシャルを秘めています。ただ非常に恵まれていることもあって、あまりPRをしていないのです。

なぜかというと、困っていないからです。瀬戸内エリアというのはあんまり商品を説明したり、ブランディングしたりして売り込まなくても十分に満たされているエリアなのです。逆に言うと、せっかくいいものがあっても日本中にも世界にも知られていないという状況なのです。このような中、誰かがその役割を担う必要があると考えて始めた取り組みが“ワンダフルセトウチ”です。

特に意識しているのは、点ではなく面ですね。

例えばヨーロッパの方は、長期で旅を楽しまれる傾向にあります。岡山は地理的に要衝になっているので、四国や山陰、九州、関西方面に行くにしても、ちょうど真ん中に位置します。

瀬戸内全体を売り込んだら周辺地域の方にも喜ばれますし、結果的には岡山もベースキャンプ地として選んでいただけるので、岡山だけでなく、瀬戸内全体を売り込むようにしています。まず目標としているのは、今40位前後の岡山の地域魅力度を10位以内にしたいと勝手に定めていて取り組んでいます。

社員一人一人の「夢」を大事に

 
 

−−両備グループとして、次の100年を担っていく人材をどのように育成されていこうと考えていますか?

松田:

我々は今までどちらかというとトップダウン型の企業でした。これまでの経営者は大変優秀な方が6代続き、7代目の私が大きな仕組みの変更しよう進めています。

仲間が1万人いる企業ですので、一人一人に毎年夢を書いてもらい、それをチームの夢に変え、さらに“社”や“グループ”の夢として中期事業計画を作ったり…。トップダウンからボトムアップの文化を醸成していき、社員一人一人のストーリーを大事にしながらその夢を叶えるお手伝いをする組織に変えていこうと思っています。

社員一人一人に夢を聞いたら、もしかしたら全然違う角度から新たなことを考えてくれる人たちがこの会社や地域にいると思います。その社員を育てていき、次の時代をとらえて事業を作っていきたいと考えています。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。