「ここ1~2週間が極めて重要な時期です。全国すべての小中学校、高校などについて、来週3月2日から春休みまで臨時休業(休校)を行うよう要請します」

2月27日の政府の新型コロナウイルス感染症対策本部で安倍首相が発表した驚きの方針。事前に自民党や公明党の幹部に説明し理解を得ることなく、安倍首相が休校の措置を決めたのは何故か。

安倍首相・2月27日
安倍首相・2月27日
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休校措置そのものについては、首相官邸を中心に対応を協議してきたが、どの程度の期間を対象にするのか、また、対象をどこまで広げるか、全国一律の対応にするかについては、「鉄の結束」を誇る官邸の中でもギリギリまで意見が割れていた。急転直下の決断に至った背景には何があったのか。教育現場や保護者、企業などが、今もこの前例のない一斉休校措置への対応に追われている中、今回の意思決定に至った舞台裏を検証する。

一斉休校に舵を切った瞬間はどこだったのか?

「専門家がこの1~2週間が瀬戸際だと言うから、今やるしかない。学校で感染が起きてからだと遅いんだ」(2月28日・政府関係者)

安倍首相の表明の翌日、政府関係者はこのように語り、全国一律で休校措置を要請する判断は、専門家会議の意見を踏まえて行ったものだと強調した。しかし、首相の決断に対し、ポスト安倍の一人である岸田政調会長が「唐突感は否めない」と述べたほか、公明党の斉藤幹事長も「決断されるのであれば、与党に相談があってしかるべき」と不満を口にした。

安倍首相が決断したその週、まず動き出したのは首相官邸だった。「クラスター=集団感染」への危機感が急速に高まっていたことと、「当初、子供への感染率が低く、重症化するリスクも低いと見られていたこともどうやら違うようだ」(政府関係者)との見方が強まっていたことも背景にあった。政府はもともと必要に応じて休校措置を要請することも検討していたが、それが一気に具体化するのは「表明の数日前」だったという。首相が対策本部で表明する2月27日までの数日の一連の動きが、首相の決断を後押しした。

2月25日 専門家会議が「ここ1・2週間が抑え込めるかどうかの瀬戸際」と指摘
2月26日 大規模なイベント開催の自粛要請
2月26日 北海道が小中学校の臨時休校を開始
千葉県・市川市が小中学校と幼稚園などを休校・休園にすると発表

決断の2月27日…その日、首相官邸で何があったのか

一方、安倍首相が休校措置を表明した27日当日の首相官邸の動きはこうだ。以下に、休校に関して議論されたとみられる首相動静を抜粋する。

・午前11時8分~38分 藤原文科次官、丸山初等中等教育局長らが首相と面会
・午後1時29分~萩生田文科相、藤原文科次官が首相と面会
・午後2時8分 萩生田文科相が官邸を出る

萩生田文科省が官邸を出る際の記者団とのやりとり

萩生田大臣:
「今日の段階で北海道が全小中学校閉めましたけど、それの検証と、それからスポーツイベント・文化イベントの中止をしましたことの、今後の対応をいま話し合いをしました。次の対策会議で新たに中身をもう一度出そうと思います」

記者:
「総理から何か指示は?」

萩生田大臣:
「いやいや、なくて、現状を報告したまでです」


このように、午前中から午後にかけて萩生田大臣を含む文科省関係者が断続的に官邸に出入りしていた。それと並行して我々の取材でも、首相官邸が一斉休校に向けて文科省などと水面下の協議を続けていたことを示す、以下のような声が聞こえてきていた。

「全国一律で休校措置を取るのか、いままさにその議論中」(27日夕・政府関係者)
春休みを前倒しし、3月2日から休校実施する方向のようだ」(同日夕・別の政府関係者)

そして午後5時半前から、加藤厚労相、菅官房長官のほか、関係省庁の幹部らが出席する「連絡会議」が開催、午後6時21分から新型コロナウイルス感染症対策本部が開かれ、安倍首相が「一斉休校」の方針を表明した。

しかし、最終的に首相がこの日の対策本部で表明した内容は、萩生田大臣にとってまさに「寝耳に水」だった。安倍首相が表明したのは「小中高校などに対し、3月2日から春休みまでの臨時休業を要請する」という内容だった。対策本部開催後にあらためて記者団の取材に応じた萩生田大臣は、春休みを前倒しする対応を要請するのかと尋ねられ、次のように答えている。

「えっと、文科省としてはそういう認識だったんですけども、そこをあえて日程を区切らない発言を総理がしましたので、その辺、自治体がどういう判断をするかというのもあるのでちょっと整理させてもらって」

萩生田大臣は、休校措置に関して、春休みを前倒しする案を想定していたが、安倍首相は春休みまでの休校を求めるという「似て非なる対応」を表明したのだ。この時の萩生田大臣の発言内容を見ても、事前に知らされていなかった首相の発言にやや当惑している様子が伺える。さらに、休校措置を要請する期間についても、知らされていなかった。萩生田大臣は、「そもそも国に休校を要請する権限はない」としたうえで、「私としては2週間くらい(の休校)ということを会議のなかで発言したが、(安倍首相が示した期間は)ちょっと幅が広かったので、その辺どうしようかなと、ちょっと整理する」と述べた。

休校を要請する期間をめぐっては、複数の関係者に取材したところ、「当初は、文科省を中心に、自治体が柔軟に対応できる余地を残しつつ、春休みを前倒しするなど負担を極力少なくする形で政府が要請をする方向で調整を進めていた」という。政府が自治体に対し、十分な準備・周知期間がないままに突然長期間の休校を要請する形になれば、保護者や教育現場、企業などへの影響は計り知れないと判断したからだ。

安倍首相は、文科省を中心にこうした慎重論が強いことを百も承知のうえで、最後は政治決断したのだろう。専門家会議が「1~2週間が瀬戸際」と指摘した2月25日の会議でも、休校措置については、「都道府県などから設置者に要請する」との内容以上の踏み込んだ言及はなかった。与党幹部は、27日に安倍首相と萩生田大臣が面会した際のやり取りについてこのように述べている。

「萩生田さんが安倍さんに対して『少し落ち着いて対応しましょう』と要請したが、安倍さんが頑なだった」

首相の決断の裏で「様々な進言」…意見対立も表面化

政府関係者によると、多くの慎重論があるにもかかわらず、安倍首相が決断した背景については、「クラスターが発生することへの強い危機感があったから」だという。しかも、感染ルートが明らかではない感染が各地で起き始めたことで、「目に見えない敵への警戒心がさらに高まった」(政府関係者)ことも要因としてあった。また、特に首都圏などで、「満員電車で通学する子供たちに感染の危険が及ぶことへの警戒感」もあったという。

そして周囲の進言も大きかったようだ。ある関係者は「元大阪市長の橋下徹氏が首相に強く進言した」と明かす。また「全国一律」での休校措置については「安倍首相の最側近ともいえる今井首相補佐官が強力に進言した」(複数の政府関係者)ことも決断を後押しした模様だ。

ただ、一連の意思決定の過程で、保護者への影響が特に大きいとして、「小学校を休校措置から除外するよう求める意見」が安倍首相の周辺から出されるなど、官邸内でも意見が大きく割れていた。文科省などからは、全国一律にした場合、「感染者が出ていない自治体が判断を迷う」との意見も相次いで寄せられた。

しかし、安倍首相は、「感染拡大を防ぐためにできることは何でもやる」という方針のもとに、最終決断した。いわゆる「根回し」がない首相の決断に対し、多くの野党が一斉に批判の声を上げたほか、政府・与党内での評価も割れた。

「いわゆる政治決断というのは、多数決じゃなくて最後は総理大臣が決めることだ」(安倍首相周辺)
「リスクを考えると休校しかないし、地域ごとに五月雨式にやったほうが混乱を生む」(官邸関係者)
「できれば専門家会議の見解から間髪入れずに表明すべきだった」(自民党幹部)
「国全体の一律の方針にすべきかどうかというのは、もう少し検討してもよかったかもしれない」(柴山前文科相)

「官邸主導」の実態に変化が…意思決定プロセス変容も

安倍首相が政治決断した今回の措置だが、そのプロセスを検証すると、上述したように最終決定するまで、官邸内でも大きく意見が割れていたことが見えてくる。そのなかでも特に大きかったのは「全国一律」にするかどうかである。

安倍首相は、今回の決断に至る過程で、萩生田大臣や文科省などから情報収集したうえで、最終的には、安倍首相の少数の周辺との相談で決定していた。政府関係者は、「全国一律にするかどうかの最終プロセスに、菅官房長官や杉田副長官は参加していなかったようだ」と明かしている。途中段階で賛否や激しい議論があっても、最終的には首相の意向に従うという“最新の官邸の姿”が浮かんでくる。

また、別の政府関係者は、今回の意思決定のプロセスを振り返り、「首相官邸の幹部全員が必ずしもすべてのプロセスを知っているわけではない」としたうえで、「様々なアイディアを持ち寄って議論はするが、最後決めるのは首相一人だ」と語り、首相の判断を支持する考えを示した。これまでの官邸の意思決定プロセスは、首相官邸が関係する省庁や党側との意見調整を経たうえで、官邸の意思として決定するのが通例と言えた。ある政府関係者は官邸の意思決定の変化について次のように表現した。

「今回は官邸主導ではなく、首相周辺主導だった」

「歴史的緊急事態」に指定…詳細な決定プロセス明らかになるか

閣議・3月10日
閣議・3月10日

政府は3月10日の閣議で、新型コロナウイルスの感染拡大を、公文書管理ガイドラインの規定に基づく「歴史的緊急事態」に指定することを確認した。これにより、関連する会議の議事録作成が義務付けられることになる。新型コロナウイルスの感染が拡大し続けるのか、それとも収束に向かうのか、日々刻々と変わり続ける状況にあわせ政府の対応も変わっていく。時には、国民に十分な説明がなされないまま決断しなければならない局面もあるだろうが、意思決定の過程は今後の教訓となり得るため、議事録を通じて、明確に示されるべきだろう。

(フジテレビ政治部 新型コロナウイルス対策検証チーム)

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