防災教育を学びに釜石へ

この春、岩手・釜石での約2年間の活動を終え、ふるさとへ戻る女性がいる。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
ふるさとの静岡県は、南海トラフ地震で大きな被害が予想される。釜石の教訓を学んで、地元でも子どもたちの命が助かるようになれば

慶應義塾大学の大学院生・中川優芽さん。大学の研究制度を利用し、2018年6月から釜石市に移り住み、防災教育について学んできた。

中川さんは、静岡・富士市出身の25歳。大学を卒業後、地元の小学校で教師をしていたが、この時担当した防災の授業で、自らの力不足を感じた。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
子どもから質問が出た時に、「これって正しいのかな」って、自分の中でも不安なまま子どもたちに回答していたり

中川さんは、防災教育をもっとくわしく学びたいと、1年で退職。
慶應義塾大学の大学院へと進む。

子どもたちの命を守った防災教育とは

2011年3月11日。あの日、釜石市では市内3000人の小中学生が、地震と津波から自らの命を守る行動をとることができた。

このことは「釜石の奇跡」として注目されたが、震災前から続けてきた防災教育の成果だとして、現在は釜石の出来事と表現されている。

子どもたちの命を守った防災教育とはどんなものか。中川さんは、実際に市内の小学校で行われている授業を何度も視察した。

また、津波の浸水区域に近い釜石小学校の子どもたちが、あの日の避難行動を詳しく書き記した記録集を分析。注目したのは、「下校中に実施される津波避難訓練」だった。

訓練では学区内に複数ある避難場所の中から一番近い避難場所と、そこへ向かう安全なルートを、子どもたちが自分で判断して移動する。

中川さんは、この「子どもが自分で判断する」ということが重要だと考えた。

それを裏付けたのは、当時の小学生たちの証言だった。

震災当時の小学生・佐久間栄己さん:
避難訓練でも、ここか尾崎神社っていう話だった。指示がなくても公園に逃げていた

証言とともに聞こえてたのは「自分たちの経験をほかの地域でも生かしてほしい」という思い。その思いは、ふるさとを守りたいという自分の願いと重なった。

中川さんは、この下校時避難訓練をふるさとの静岡でもできないかと強く思うようになった。

南海トラフ地震に備え、防災に力を注いでいる静岡県でも初めての試み。中川さんは自ら自治体や学校との交渉を重ね、やがて、その熱意が教育現場を動かした。

静岡で初…下校中の津波避難訓練

2019年7月。静岡県で初めてとなる、下校中の津波避難訓練が行われた。

掛川市立千浜小学校は、海からの距離や海抜、通学路が津波の浸水区域であることなどが釜石小学校と似ていることから、対象校に選ばれた。

全校児童約180人が集団下校していると、先生の「地震だー」という声。

子どもたちは頭を守り、揺れが収まるのを待って、近くの避難場所まで走り出した。

南海トラフ地震への備えとして、静岡県では111基の津波避難タワーが整備され、1300か所を超える建物が津波避難ビルに指定されている。

初めての訓練だったが、想定していた5分ほどで避難は無事完了した。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
地震が起きてから避難してくるまでの時間や、子どもたちが迷ってる様子をしっかり見ることができた。今後の訓練に生かしたい

1回目の反省点をもとに、2019年11月には、地域住民も参加して2回目の訓練も行われた。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
下校中の避難訓練を実施する際に、効果と課題点をまとめている

こうした研究の成果を、中川さんは修士論文にまとめた。2019年9月には、学会で研究内容を発表し、優秀賞にも選ばれている。

2月、釜石市役所で開かれた活動報告会。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
わたしにとって、防災をするうえで大切な人や場所は、釜石市と静岡県だなと思っている

中川さんは、4月からは静岡に戻り、小学校の先生として教壇に立つ。

慶應義塾大学 大学院生・中川優芽さん:
岩手県の釜石市と静岡では災害特性が大きく異なるが、釜石の教訓が、ほかの地域にも広がっていったらうれしい

被災地・釜石で学んだ震災の教訓は、新たな防災教育となって子どもたちの命を守る。

(岩手めんこいテレビ)