震災から9年…内陸へ避難している人を取材

東日本大震災で沿岸のふるさとを離れ内陸へ避難している人は、岩手県内で今も約2000人いる。大震災から9年。避難先に留まるべきか、故郷に帰るべきか、葛藤は続いている。

盛岡市にある復興支援センター。震災後内陸に避難した人たちをサポートするため、お茶会や趣味の講座などが開かれている。ここでちぎり絵の講師をしているのが佐藤典子さん(64)。

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自身も被災者の一人だが、センターを訪れるうちに趣味のちぎり絵の講師となり、同じ被災者を励ます立場になった。

佐藤典子さん:
少しは自分のやっていることが役に立っているのかなって

典子さんは被害が大きかった陸前高田市米崎町に家族で暮らしていた。津波によって自宅と、夫婦で営む鍼灸院は全壊。

当時は次男の高校入学が控えていたこともあり、生活基盤を整えることを優先して翌月には盛岡へ移った。

県が借り上げる民間住宅、みなし仮設に住み、そこで鍼灸院を再開した。

夫の明さん(62)は、不慣れな土地に最初は戸惑いもあったが、今では県鍼灸マッサージ師会の盛岡支部長も務めている。

佐藤明さん:
誰も知らないところに来たから、近所の方々が治療に来るのに3年、5年とかかった

みなし仮設での生活もまもなく9年、県の家賃などの補助は2021年3月で打ち切られる予定だ。このまま盛岡に残るのか、それとも沿岸へ帰るのか。岐路に立たされている。

佐藤明さん:
こういうタイミングで戻るということも選択肢の一つであるけれど、現実的にはなかなかそこも決断できない。ここで馴染んだ人間関係縁を切りたくない。でもふるさとには何もできていないという思いもある

仮に災害公営住宅に入居しても、自宅とは別に店舗を借りる必要があり、負担は重くのしかかる。

佐藤典子さん:
今はちょっと…踊り場。ばーっと頑張ってきて少し立ち止まっている場所じゃないかと思う

県が2019年とったアンケートによると、内陸に避難した人のうち、地元へ帰った人、帰る予定がある人は、22.3パーセント。避難した地域で定住を考えている人が過半数だ。

揺れる思いを抱える佐藤さん夫婦。そんな2人を支えているものがある。

がれきのなかから見つかった思い出。陸前高田に咲く花の名前をつけた鍼灸院の看板。

明さんの針灸学校の卒業証書。

そして2人の結婚写真。

佐藤典子さん:
頑張れよって言われているような、初心を忘れず頑張れよって

佐藤明さん:
最後の最後、骨になって故郷に帰る。それでもいいかなと思ってその分生きている限りは頑張ろうと、どこで生きようと

佐藤さん夫婦は今後どこで暮らしていくのかまだ、はっきり結論は出せないと言う。

避難先から再び地元に戻った被災者も

そうした中、避難先から再び地元に戻った被災者もいる。陸前高田で居酒屋「公友館・俺っ家」を営む熊谷浩昭さん(59)。

熊谷浩昭さん:
カウンターはとにかく会話だよ。これがなんとも言えない味付けになっている

ーーどんな会話を?

熊谷浩昭さん:
ここじゃ言えないピーな話だよ。(笑)

震災後、盛岡に避難していたが、3年前陸前高田に新しい市街地が再建されたのをきっかけに地元で店を再開した。

熊谷浩昭さん:
ここが最後の場所だとみんな退路を断って、覚悟を決めて未来につなげていきたい

店内にはかつての店の内装が再現されていて、提供する三陸の味も変わらない。懐かしさを求めて内陸から訪れる地元出身者は少なくないという。

熊谷さんはどんな選択も尊重したいと語る。

熊谷浩昭さん:
後ろめたさを持っていたり、気持ちの整理がつかなかったりするみたいだけど、それぞれの人生なんだから、自分の選択をした道でいいじゃないか。

震災から9年、被災者はそれぞれの生き方を探し続けている。

(岩手めんこいテレビ)