あれから9年…震災直後の避難所で出会った親子の現在は

2011年3月。東日本大震災直後、津波で自宅を失った人が大勢身を寄せる岩手・陸前高田市の避難所で、菅原さん一家と出会った。
理髪店を営む父・菅原和基さん(当時30)、長女・菜々実さん(当時5)、次女・美菜実さん(当時1)、そして母・忠子さん(当時30)。

5歳だった菜々実さんは、大人のお手伝いをしていた。この時、忠子さんは出産を控えていた。

母・忠子さん:
たまに(おなかが)張る。だいぶ大きくなっているので。(出産予定の)8月も地震があると思う。落ち着いて出産したい

あれから9年、市内の団地の敷地で楽しそうに遊ぶのは、震災の4カ月後に生まれた末っ子の実蘭君。8歳になった。きょうだい3人、みんな大きくなった。
震災後に取材した映像を、家族5人で見てもらった。

長女・菜々実さん(14):
あまり覚えていない。わたしたちが少しでも不自由なく過ごせるよう考えてくれていたと思い、うれしかった

菅原和基さん(39):
頑張って考えたね

長女・菜々実さんは現在、中学2年生。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため休校中で、テニスの部活動もないが、この日は1人で自主練習に取り組んでいた。

長女・菜々実さん(14):
勉強より、スポーツをしている方が楽しい

一家は今も仮設住宅に住み、スペースが限られるため、菜々実さんは、和基さんの店の一角で勉強に励む。

そんな菜々実さんの将来の夢は…

長女・菜々実さん(14):
美容師になりたい。父の仕事をする姿を見たのがきっかけ

3代続く理髪店! 紆余曲折あったこれまでの道のり

和基さんは、約3カ月に1回、菜々実さんの髪を切る。

3きょうだいにとって、和基さんは生まれた時から専属スタイリスト。

和基さんの祖父から3代続く理髪店。
現在、市内の災害公営住宅1階のテナントスペースで営業しているが、これまでの道のりには紆余(うよ)曲折があった。

和基さんは2012年、津波で失った店を一度再建したが、その場所が市によるかさ上げの対象となり、移転を余儀なくされた。

2014年、和基さん(当時33)は、「本当はできないことをできると言われ、予定が狂い大変」と話していた。

今の店をオープンしたのは3年前。街の人口減少もあり、経営は楽ではないが、かつての常連客は戻りつつあるという。

菅原和基さん(39):
震災後から来てくれる人もいるが、震災前からずっとうちで切ってくれている人が来てくれて。その人たちのためにもやめないように頑張っている

復興途上の陸前高田市…親子願う“楽しい街に”

震災から9年、陸前高田市では、かさ上げして整備された中心市街地に商業施設が建ち並んできた。
和基さんは今後、その付近に店と自宅を構えるつもりだ。

店は3度目の移転、経済的負担は小さくないが、決意は揺らがない。

菅原和基さん(39):
ここだと中心市街地も近いので、買い物に行くついでとかに寄ってくれれば助かる。店が街の発展に貢献できればいい

今は空き地も多い復興途上の街。しかし、親子はこれからの発展を願っている。

長女・菜々実さん(14):
いろいろ店ができて、観光に来た人が回れるにぎやかな街になってほしい

菅原和基さん(39):
楽しい街になってくれるのが1番理想。頑張って仕事をして、元気に育てていけるよう頑張っていく

成長する子どもたちの姿が、力の源と語る和基さん。
一家は、今後も支え合いながら、生活再建に向けて、一歩一歩、歩んでいこうとしている。

(岩手めんこいテレビ)

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