コロナ特措法めぐる安倍首相ぶら下がりで起きた異変

新型コロナウイルスのさらなる感染拡大に備え、総理大臣が「緊急事態宣言」を行い、対象地域の都道府県知事が不要不急の外出自粛要請や休校指示などを行うことが可能となる「新型コロナウイルス対策特別措置法」が、3月13日、可決・成立した。

この法律は前日の12日に衆議院で可決されたが、その衆院本会議の開催にあたっては、森雅子法相の不適切発言に野党が反発して開会できず、野党の求めに応じて安倍首相が森法相を官邸に呼び出し厳重注意する一幕があった。

森法相を官邸に呼び出し厳重注意した安倍首相・12日

そしてその直後に、安倍首相がカメラの前に立って語るいわゆる「ぶら下がり取材」が行われ、森法相に厳重注意したことを自ら明かす場面があったのだが、この際に、安倍首相と、マイクを持っていた私の間に微妙な3秒間の沈黙が流れた。実はその沈黙は、森法相への厳重注意をめぐる、異例の展開を象徴するものだった。

法案を通したい政府・与党と、法相発言を批判する野党の攻防劇の舞台がなぜか首相官邸となり、総理番記者も巻き込まれることになった、この長い1日の展開を振り返り、その背景を明かしたい。

慌ただしい動きが一息ついた午後、渦中の森法相が官邸に…

WHO=テドロス事務局長・12日

12日、首相官邸のエントランスは大忙しだった。この日の官邸での仕事は、午前10時前の安倍首相の出邸時に、WHO=世界保健機関のテドロス事務局長が「新型コロナウイルスは、パンデミック相当と言える」と見解を示したことに対する、首相の認識を質問することから始まった。
さらに午前11時頃には東京都の小池知事が、正午頃には日本銀行の黒田総裁が新型コロナウイルス対応のため、それぞれ安倍首相のもとを訪れた。そのため、総理番記者たちは「今日は慌ただしい」とアタフタしていた。

ほっと一息ついた午後2時すぎ、「森法相が官邸に向かっているらしい」との一報が。再び首相官邸のエントランスがざわついた。

この日は、新型コロナウイルス特措法案が衆議院で可決される予定だった。しかし、森法相が、9日の参院予算委員会で、東京高検の検事長の定年延長に絡む質疑のなかで、「東日本大震災の際に、福島県いわき市から市民が避難していない中で、検察官が最初に逃げた。身柄拘束をしている十数人を理由なく釈放した」と答弁したことに、野党が反発していた。そして野党側は「謝罪や撤回ではすまない。政治責任をとるということだ」と辞任を含め責任を明確にしないと審議に応じられないとして、国会が空転していたのだ。

野党が審議拒否した参院予算委・12日

そんな中での森法相の官邸入り。進退問題に発展している閣僚が官邸に入る場合は、辞表の提出だった例も多く、官邸には緊張が走った。記者の数も次第に増え、カメラマンも慌てて駆けつけ、急遽、映像を生中継にする態勢をとった。

このように慌ただしくなった官邸のエントランスだったが、与野党の国会内の動きが伝わると次第に落ち着きを見せ始めた。野党側が「本会議を再開するには森法相、安倍首相の双方の謝罪が条件だ」との認識を示したことで、安倍首相が森法相を厳重注意するために官邸に呼び出したことがわかってきたのだ。

首相官邸を訪れる森法相・12日

森法相は謝罪「私の発言を撤回しお詫び」首相は…?

官邸入りの際は、無言を貫いた森法相だが、約20分間の安倍首相との面会を終え、記者団の質問に対し次のように述べた。

森法相
「はい。あの・・・ただいま、総理から、私の国会での発言について厳重注意を受けました。結果として法務省が確認した事実と異なる事実の発言をしてしまいました。検察庁を所管する法務大臣として誠に不適切なものだと真摯に反省をして私の発言を撤回し、深くお詫びを申し上げます」

記者団の取材に応じ謝罪する森法相・12日

森法相は深く一礼をした後、記者団のいくつかの質問に言葉少なに答え、官邸を後にした。これで、国会が正常化するかと思ったが、立憲民主党の安住国対委員長は「森法相が辞任しないというのであれば、任命している総理がきちっと謝罪をすべきだ。総理が何かしらのメッセージを発しない限り、(国会正常化は)難しい」と述べているという情報が入ってきた。

総理の“謝罪ぶら下がり”は誰による要請?

「安倍首相が謝罪しないと国会を動かさない」という野党側からの発言が伝わった途端、官邸内はまた騒然とした。一体どういう場で、誰に対して、安倍首相が謝罪するというのか。

通常、記者が安倍首相に質問したいことがある場合には、首相秘書官に対して取材を要請し、それが許可されれば安倍首相が取材に応じる場が設けられるのだが、今回は厳密に言うと、記者団が質問を要請するものでもない。つまるところ、この安倍首相に求められているコメントは、国会正常化のための野党側からの要請だからだ。

野党の要請に首相が応じるというのに、総理番記者団から首相側にぶら下がり取材を申し入れるのも変な話なので要請はしなかった。一方の首相側も「記者団から、森法相への厳重注意に関する総理への受け止めを聞くぶら下がり要請があるものだ」と思っていたようで、記者団も首相側も受け身の態勢が続いた。そして結局、首相側から「声かけに応じる」と記者団に連絡があり、総理番記者団からの要請ではない形での、ぶら下がり取材が行われることになった。

不思議なぶら下がり 首相も記者も沈黙・・・

13日午後4時半すぎの首相官邸エントランス。安倍首相がカメラと記者団の前に近づいた。マイクを持つ私の横に立つ。ここで通常ならば、記者の質問に続いて首相がコメントを述べる。

しかし、この日のぶらさがり取材は違った。記者も首相も双方とも話さない、ただカメラだけが回るという“沈黙”が生じたのだ。

マイクを持つ私は、安倍首相の方を向き首相が話し始めるのを待った。安倍首相も私の方を向き、質問を待っていた。カメラのシャッター音だけが鳴り響き異様な沈黙が約3秒間続いた。さすがにこのままという訳にもいかないので、私はこう切り出した。

「森法務大臣への厳重注意…ということでしょうか」

安倍首相は次のように答えた。

はい。森法務大臣の国会の答弁における不適切な発言について私から本人に厳重に注意をいたしました。すでに森法務大臣自身が発言を撤回し、謝罪をしているものと承知をしております。今後より一層緊張感を持って職務を果たしていってもらいたいと考えています」

こう述べた安倍首相は、記者団のさらなる声かけには応じずに官邸を出て、国会議事堂の衆議院本会議場に向かった。

なぜ、首相は謝らなかったのか? 野党の思惑には乗らず…

結局、安倍首相は、野党側が求めていた「謝罪」の直接的な言葉は口にせず、森法相への厳重注意と、より一層緊張感を持って職務を果たすべきという見解を示すにとどめた。

首相が閣僚の不祥事を謝罪することは自体は珍しくないが、今回の対応については、森法相を辞任させていない以上「謝罪」はしたくないし、野党側のシナリオに乗りたくないとの思いが滲んでいるように見える。

仮に安倍首相がカメラの前で陳謝すれば、まさに閣僚辞任のたびに耳にする「任命責任は私にある」との首相ぶら下がりと同じような光景となってしまい、野党に白旗を掲げているかのように受け取られかねないからだ。それでも今回、野党は首相の対応を受け入れて、特措法は成立した。

“ダブル謝罪”を演出したかった野党と、野党を審議に戻そうとする与党、謝罪だけは避けたい安倍首相・・・その3者のせめぎ合いの妥協の産物こそが、記者団の要請でもなく、首相自らしゃべり出すわけでもないという、この珍しい「ぶら下がり取材」だったのかもしれない。

政府与党と野党が、それぞれの論理で世論を味方につけようとする中で、私たちメディアが、政治家らに対し深く積極的に取材するのはもちろんだが、同時に権力・政治家に利用されず、適切な距離感で取材しなければならない責務があるということを改めて突きつけられた、不思議なぶら下がり取材だった。

(フジテレビ政治部 総理番記者 阿部桃子)