3月17日未明、G7首脳による異例の緊急電話会議を終えカメラの前に立った安倍首相は、7月24日開幕予定の東京オリンピック・パラリンピックの開催について「人類が新型コロナウイルスに打ち勝つ証として、完全な形で実現することで主要7か国の支持を得た」と語った。

この「完全な形」とは何か。無観客や競技数・参加国の縮小などはあり得ないことを指すとして、それは予定通りの開催への決意表明なのか、完全な形が整うまでの延期の可能性を示唆したのか…。今、様々な憶測が飛び交っている。

そもそもIOCや組織委員会、東京都、日本政府は連日、東京オリ・パラの開催を巡り「予定通り実施の方針に変わりはない」と表明してきているが、そうした中で安倍首相が「完全な形」と発言するに至った経緯と意図は何か、総理大臣官邸の取材から紐解いてみたい。

16日深夜の電話会談:内閣広報室提供
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感染拡大で開催の風向きに変化…1週間で逆風が強く

各国で感染が拡大する中、日本時間12日未明、WHO(世界保健機関)が世界的大流行を意味する「パンデミック」相当だと宣言した。翌日、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は「開催可否はWHOの助言に従う」と、東京五輪開催に向けては、感染の拡大状況を注視する考えに言及した。このバッハ会長の発言の直後、官邸関係者からは次のような声があがった。

パンデミックを宣言するWHOテドロス事務局長

「IOCと日本政府は東京オリ・パラ実施に向けた強硬派だが、そうは行かない状況になってきた。バッハ会長が“WHOの助言に従う“、と言及したのは、想定よりも早い展開だ。あと1ヶ月くらい後かなと個人的に予想していた。そもそも各国は移動を制限しているし、今後、感染者がさらに増える、そうなると他国は明確に開催に反対してくる。東京だけ感染者が少ないと言っても選手や関係者はじめ人の移動が生じるわけだから、開催は難しい状況になってきたのではないか」

IOCバッハ会長

翌14日、感染が蔓延してきたアメリカのトランプ大統領が非常事態宣言を発した。この直後、東京五輪開催について「予定通り開催の方針に変わりはない」と話していた政権幹部は「開催はIOCが決めることだ。選手が来ないと開催はできない、今後、各国の状況を見ないといけない」などと述べ、これまでの「予定通りの開催」発言を明らかに後退させた。

感染拡大を受けた各国の対応やIOCバッハ会長の発言が、政府内の“オリ・パラ断固開催論”の勢いを削いだ形だ。そうした流れを受けて飛び出したのが、安倍首相の「完全な形」発言だったのだ。

非常事態宣言を出すトランプ大統領

オリンピック発祥の地も開催どころではない!?

こうしてみると、日本政府もIOCも、新型コロナウイルスの拡大の前に、五輪開催に向けた道筋をコントロール仕切れなくなってきているという事実が浮き上がる。

12日、ギリシャ南部にある古代オリンピックの発祥の地、オリンピアで行われた聖火の採火式は無観客で報道陣も大幅に減らす異例の対応で行われた。日本政府関係者によると、実はこの採火式は、ギリシャがIOCに対して中止を申し入れていたものの、IOCの指示で実施されたというのだ。

これに日本政府がどの程度関わっていたのかは不明だが、少なくとも古代オリンピック発祥の地のギリシャでさえも「オリンピックどころではない状況」であり、それを何とか、予定通りの五輪開催を目指すIOCが説き伏せたということだ。

しかしギリシャは、その後のギリシャ国内での聖火リレーについては、沿道に人が殺到したことを理由に感染拡大防止策として実施を取りやめた。さすがにこれにはIOCも反対できなかったということなのだろう。

オリンピアでの採火式

東京五輪開催の“決定権”を握るのは誰?

東京オリンピックを巡っては去年10月、IOCのバッハ会長がマラソンと競歩の会場を札幌市に移すことを明らかにし、「ここ数年、日本の気温が上がっている」「札幌は東京から800キロ北で気温が5~6度低く、選手の健康を守るためだ」とその理由を語った。直前にカタールで行われた世界選手権で、高温多湿の悪条件の下、リタイヤが続出したことも要因とされているが、突然の決定に日本政府や東京都が対応に追われたのは記憶に新しい。それはこの時点でIOCが、開催に関する主導権を握っていることを鮮明にする出来事だった。

それから5か月、ウイルスの感染拡大を受け、世界各地でスポーツイベントの中止や延期が相次ぎ、各国では自国内の蔓延防止策に注力する日が続いている。こうした中で、東京五輪開催の決定権を握っているのは、日本政府でもなく、マラソンの会場変更の時のようなIOCでもなくなっているのかもしれない。バッハ会長が「WHOの助言に従う」と言及しているように、日本国内だけではなく世界各国の蔓延状況こそが開催の行方を左右していて、決定権は形式上IOCが握っているものの、事実上の決定権は、「ウイルスの世界的な感染状況」が握っていて、それを踏まえた各国・WHOの判断が結論になるというのが現実なのだろう。

安倍首相の「完全な形」発言は「歌舞伎」?

安倍首相は17日、自民党の両院議員総会で「まさに世界が結束をして、ウイルスに打ち勝った証としての完全な形の東京オリンピック・パラリンピックを開催しようではないか」と「完全な形」での開催を改めて呼びかけた。

自民党の両院議員総会・17日

これについて官邸関係者からは「あれは歌舞伎だ、総理自身が延期を覚悟しているという話も入ってきている。それを踏まえて、中止は日本としては受け入れられないというメッセージだ」との声が聞かれた。歌舞伎というのが「演技」という意味だとすれば、政府も東京五輪の予定通りの開催に関して、建前と本音を使い分ける段階に入ったということなのかもしれない。

一方のIOCは17日、声明を発表し、「東京オリンピックに向けて全力を尽くしている。開幕まで4ヵ月以上あり、現時点で、思い切った決断を下す必要はない」として、予定通り開催する方針を改めて表明した。開会式の予定日が4か月後に迫る中、G7首脳の意見を直接聞き、国内外の状況を最も知る安倍首相が発信した「完全な形での開催」の意味は、いずれの結果にしろ、近くわかることになる。

(フジテレビ政治部 首相官邸担当 千田淳一)