東京五輪1年程度延期

妥当な判断だろう。安倍晋三首相と国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が24日夜、電話で協議し、東京オリンピック・パラリンピックの開催を1年程度延期することで合意した。課題山積なれど、ここは前向きに取り組むしかない。

24日会見を行う安倍首相(左)とIOCバッハ会長(右)
24日会見を行う安倍首相(左)とIOCバッハ会長(右)
この記事の画像(7枚)

23日のIOCの発表では、「4週間以内に延期も視野にいれて検討する」とのことだった。が、一転、早めの決断となった。なぜか。新型コロナウイルスの感染は世界に拡大。アスリートの安全や健康を考えると、もはや「予定通り実施」はありえず、さらには早期判断を求める声が相次いだからだった。

東京五輪は7月24日、パラリンピックは8月25日にそれぞれ開会を予定していた。だがカナダ・オリンピック委員会が予定通りの開幕ならば選手団派遣を見送ると公表。米国も、IOCに延期を要請。莫大な放映権料を払っている米テレビ局NBCが、延期を受け入れる意向を打ち出した。これは大きい。

既に五輪代表権を獲得しているアスリートのことを考えると、2年より、1年延期が現実的だろう。1年延期すると、世界水泳選手権(来年7月16日~8月1日・福岡)、世界陸上選手権(来年8月6日~15日・米オレゴン州)と日程が重なるが、世界陸連は「日程を変更して開催できるよう準備している」との声明を出していた。
当然、主催者のIOCとしては随分前から中止、延期の検討に入っていただろう。判断基準としてはまず、アスリートの健康、安全の担保、さらには各国の準備状況がフェアであること。年内、1年、2年と、延期した場合の損害、追加負担の度合いなど、関係部署と連携しながら精査してきたはずだ。

IOC国際オリンピック委員会
IOC国際オリンピック委員会

東京オリンピック・パラリンピックの開催地を持つ政府としては、「中止」だけは絶対、避けたかった。安倍首相は「完全な形で実現する」「中止は選択肢にはない」と強調し、組織委の森喜朗会長や東京都の小池百合子知事と協議した上で、自ら「1年程度延期」をIOCに提案した。安倍首相が来年秋に自民党総裁としての任期満了を迎えることも無関係ではなかろう。

バッハ会長との電話会談・24日 提供:政府広報室
バッハ会長との電話会談・24日 提供:政府広報室

課題は多々、ある。まずは、新型コロナウイルスが収束しているかどうかが不透明なことである。組織委としては、競技会場や関連施設の確保、選手村の契約問題、ホテルの確保、警備、ボランティアの計画変更…。国民にとっての最大の関心事は、チケットの取り扱いはどうするのだろう。

余分な費用負担がどの程度かかってくるのか。五輪を招致した際の立候補ファイルには「大会組織委員会が資金不足に陥った場合には、東京都が補てんする」とある。組織委が負担できなければ東京都が、あるいは大会の財政保証をしている政府が負担することになる。あちらこちらの部署で、延期時期による試算がなされているようだ。

アスリートの人生設計が変わる

競技団体としての課題は、代表内定選手の取り扱いや、代表選考会の日程変更である。東京五輪の日本代表は約600人になる見込みで、すでに約100人が代表内定、もしくは代表確実となっている。延期でも、透明、かつ公平な選考が求められる。その時のベストな選手を選ぶということであれば、内定選手には酷だけれど、選考やり直しの競技団体も出てくるかもしれない。
水泳は、無観客で実施する日本選手権(4月2日~7日)でほとんどの種目の代表決める予定だった。恐らく代表選考は来年の選手権に移すのではないか。サッカー男子は原則23歳以下で構成されることになっており、実施時期によっては選手選考に影響が出ることになる。昨年のラグビーワールドカップ(15人制)で盛り上がったラグビーでは、東京オリンピックでの7人制日本代表の活躍でさらなる人気アップをもくろんでいた。15人制から7人制ラグビーに転向し、東京五輪のあとの現役引退を公言していたエース福岡堅樹選手の動向も気になるところだ。

東京・丸の内でのパレード・12月11日
東京・丸の内でのパレード・12月11日

1年程度の延期を受けてアスリートたちの声は…

1年程度の延期が決まったことで、少しは不安が薄れたかもしれない。

柔道の日本代表の井上康生監督は「延期は、いろんな計画等々においても影響は出てきていると思います。世界の選手たちが平等の中で戦っていくことがオリンピックでは大事なことじゃないかと思います」と言った。

 
 

野球の日本代表“侍ジャパン”の4番打者候補、広島の鈴木誠也選手は「ショックです。でも、仕方がないと思う。ほかの競技は4年単位でやっている選手ばかりなので、残念という気持ちです」とコメント。

ウエイトリフティングの安藤美希子選手は「1年程度という表現だと、来年の夏なのか、秋なのか、すごくあいまいなので、準備する方としてははっきり決めてほしいところですね」と不安を隠さなかった。

 
 

スポーツクライミングの日本代表に内定している30歳の野口啓代選手は、「東京オリンピックを集大成に位置付けている私にとって、大好きな競技生活が1日でも長く過ごせることをポジティブにとらえています」とあくまで前向きだった。

陸上男子100メートル日本記録保持者のサニブラウン・アブデル・ハキーム選手は「急遽の決定でビックリしました。アメリカもまだまだ厳しい状況が続いていますが、1日も早く世界中でおさまる事を祈っています。僕自身は2021年に自分の思う形に持っていける様に今やるべき事をやっていくだけです。日本の皆さんも一緒に頑張っていきましょう」と拠点のアメリカでも猛威をふるっている新型コロナウイルスの収束を願った。

(スポーツジャーナリスト・松瀬学)

松瀬 学
松瀬 学

スポーツジャーナリスト。早稲田大学ラグビー部OB、元共同通信社記者。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長。現在は日本体育大学のスポーツマネジメント学部の准教授をしながら、記者活動も展開。夏季オリンピックは88年ソウル大会を皮切りに、16年リオ大会まで全大会現場取材を継続中。