3月22日、外国人の出稼ぎ労働者数万人が、タイの首都バンコクから一斉に脱出して帰国の途についた。新型コロナウイルス感染抑制策の強化で、彼らの仕事先の商業施設などが一時閉鎖となり、出稼ぎ労働者が生活の糧を失ったためだ。しかし帰国先のカンボジア、ミャンマー、ラオスでは、彼らがウイルスを自国に持ち帰るのではないかとの警戒感が高まっている。

爆発的な感染拡大を防ぐために有効とされる都市封鎖措置(ロックダウン)だが、一時的に各地での感染拡大を誘発する可能性もある。

数万人が殺到した高速バスターミナル(タイ・バンコク市内)
数万人が殺到した高速バスターミナル(タイ・バンコク市内)
この記事の画像(5枚)

出稼ぎ労働者6万人が大挙出国

タイの首都バンコクにある高速バスターミナルに22日、数万人の外国人労働者が殺到した。その多くはタイと国境を接するミャンマー、カンボジア、ラオスの三カ国から働きに来ている出稼ぎ労働者だった。仕事先の閉鎖で職を失い、バンコクから一路、帰国を急いでいた。

少子高齢化が進むタイでは、隣国ミャンマーやカンボジア、ラオス出身の多くの外国人労働者が単純労働の一部を担っている。その数はタイ全土で400万人以上にも上り、バンコクでも町を歩くとレストランや建設現場など、様々な場所で外国人労働者の姿を見かける。

しかし3月22日、バンコクで商業施設の閉鎖などが始まったことに加え、タイ政府が隣国との国境閉鎖を突然決めたため、大急ぎで母国に戻ろうとする労働者が高速バスターミナルに殺到した。

当時のバスターミナルは満員電車のように人々がひしめき合っていて、タイの内務省は数日間で、6万人の外国人労働者が帰国したと発表した。

タイの感染者はバンコクが4割

こうした出稼ぎ労働者が帰国先のミャンマーやカンボジアなどにウイルスを持ち込んでしまうのではないかとの警戒が強まっている。タイは東南アジアで2番目に感染者が多く、全感染者のうち4割がバンコクに集中しているからだ。

タイからの新型コロナウイルス流入の懸念は既に現実になりつつある。タイの保健省は3月24日、バスターミナルを利用していた33歳のタイ人男性が新型コロナウイルスに感染していたと発表した。男性はタイ北部チェンライに帰郷後に発症し、感染が判明したという。男性は、集団感染が発生したバンコク市内のバーで働いていたことも分かった。

ミャンマー国境に到着した出稼ぎ労働者(Thant Zin Aung氏・撮影) 
ミャンマー国境に到着した出稼ぎ労働者(Thant Zin Aung氏・撮影) 

森の中で自主隔離も…ミャンマーの危機感

最も多くの出稼ぎ労働者がタイから帰国したのはミャンマーだ。国境に到着したミャンマー人の出稼ぎ労働者は、数日間で3万人を超えた。不法労働者も多いため、実際にはこの倍以上の人数に上るとの指摘もある。地元当局は全ての帰国者に対して、検問所での検温など健康チェックを行うことに加え、14日間の自主隔離を義務付けた。

しかし帰国者の中にも新型コロナウイルスの影は早くも忍び寄っている。
地元メディアは、帰国者の11人に発熱症状が出ていたことが分かり、病院に搬送されたと報じている。出稼ぎ労働者はミャンマーの都市部ではなく地方から来た人が多く、仮に感染していた場合は、ウイルスが地方部まで運ばれ、国全体に散らばってしまう恐れがある。

こうした感染拡大を防ぐため、帰国した村民をしばらくの間、受け入れない決断をする村落も出てきている。また帰国者の中にも、故郷での自主隔離を諦め、森の中で隔離期間を過ごすことを決めた人たちが現れた。仮に村にウイルスが持ち込まれれば、医療体制が整っていないため、村全体が危機に陥る。このことを理解した上で、帰国した出稼ぎ労働者も自主的に行動を取り始めている。

森のなかで自己隔離期間を過ごす帰国者
森のなかで自己隔離期間を過ごす帰国者

カンボジアでも発熱者の情報

隣国カンボジアにも大量の出稼ぎ労働者が帰国している。カンボジア政府によると、これまでに4万以上がタイから帰国した。地元政府は、行政と警察が連携して帰国者の追跡や監視体制を構築しているとしているが、これだけ多くの人を完全に追うのは困難だ。

すでにプノンペン郊外の村では、経過観察中の帰国者から38度以上の高熱を発熱した人が出たとの情報も出ている。地元当局は、これからしばらくの間は帰国者の動向に神経を尖らせることになる。

国境に到着した出稼ぎ労働者(カンボジア内務省・出入国管理総局)
国境に到着した出稼ぎ労働者(カンボジア内務省・出入国管理総局)

日本でも、海外から帰国した人が国内にウイルスを持ち込むケースが相次いでいる。3月19日以降、海外で感染したと疑われる感染者は連日10人以上確認されている。

しかし、ミャンマーやカンボジアは、帰国した人の数が万単位と、桁違いに多い。
感染拡大を防ぐための「ロックダウン」だが、これが出稼ぎ労働者の大量移動を引き起こし、一時的に東南アジア各地での感染拡大を誘発するリスクが現実化してきている。帰国者による感染拡大を封じ込められるかが、これらの国では今後数週間の焦点となる。

【執筆:FNNバンコク支局長 佐々木亮】

佐々木亮
佐々木亮

物事を一方的に見るのではなく、必ず立ち止まり、多角的な視点で取材をする。
どちらが正しい、といった先入観を一度捨ててから取材に当たる。
海外で起きている分かりにくい事象を、映像で「分かりやすく面白く」伝える。
紛争等の危険地域でも諦めず、状況を分析し、可能な限り前線で取材する。
フジテレビ 報道センター所属 元FNNバンコク支局長。政治部、外信部を経て2011年よりカイロ支局長。 中東地域を中心に、リビア・シリア内戦の前線やガザ紛争、中東の民主化運動「アラブの春」などを取材。 夕方ニュースのプログラムディレクターを経て、東南アジア担当記者に。