働き方改革関連法が2019年4月から順次施行されてきたが、皆さんの労働環境はどう変わっただろうか。

普段は仕事に厳しい管理職の上司から「早く帰るように」などと促され、ワークライフバランスを重視した生活を送れるようになったオフィスワーカーもいるのではないだろうか。

しかし、実はその影で、管理職が今まで以上に苦しんでいるかもしれないというのだ。

中間管理職の6割以上が働き方改革後も「残業時間は変わらない」

2019年9月、リクルートスタッフィングは働き方改革の影響を調べた「働き方改革における管理職への影響と変化」を発表した。従業員数300人以上の企業に勤める25~65歳の中間管理職412人を対象としたこの調査で、ある結果が明らかとなった。(調査期間と方法:2019年7月12~13日、インターネット調査)

リクルートスタッフィング調べ
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まず注目したいのは、「働き方改革関連法施行後の残業時間の変化について教えてください」という質問の回答結果。「所属部署・課全体の残業時間(自身の残業時間は除く)」と「自身の残業時間」、2つの視点で答えてもらったところ、このような差が表れた。

【所属部署・課全体の残業時間(自身の残業時間は除く)】
・とても増えた(2.7%)
・やや増えた(6.8%)
・変わらない(54.6%)
・やや減った(30.1%)
・とても減った(5.8%)

【自身の残業時間】
・とても増えた(3.6%)
・やや増えた(9.2%)
・変わらない(61.2%)
・やや減った(22.1%)
・とても減った(3.9%)

この回答結果を見比べると、所属部署や自身に限らず、中間管理職の約6割が「変わらない」と回答していることが分かる。働き方改革が施行されている中、少し寂しい数字だ。

また、所属部署・課全体で考えたときは「やや減った」「とても減った」の割合が高かったが、自身の残業時間で考えると「やや増えた」「とても増えた」と答える割合が所属部署全体の結果と比べると高かった

リクルートスタッフィング調べ
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そして、残業が「とても増えた」「やや増えた」と回答した人にその内容を聞いたところ、「所属部署・課における管理業務」(71.7%)、「部下のサポート業務」(58.5%)などと回答する人が目立ったのだ。

つまり、所属部署・課全体の残業時間は減る傾向にあるが、中間管理職自身の残業時間は、部署の管理や部下のサポート業務などで減ってはいない傾向にあることが見て取れる

リクルートスタッフィング調べ
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このほか、調査対象全体に「部下の残業時間削減のために、ご自身の仕事量が増えていると感じるか」と聞いたところ、「変わらない」が52.4%と半分を占める一方で「とても感じる」(9.7%)「やや感じる」(24.5%)と答えた人が合計34.2%にのぼった。見方を変えると、中間管理職の3人に1人が部下の残業時間削減のために、仕事量が増えていると答えていることになる。中間管理職の苦しい現状が表れている結果と言えるだろう。


なぜこれほどまで管理職に負担が集まってしまうのだろうか。実際の労働現場からはどんな声が出ているのか。

働き方改革のコンサルティングも行う「みずほ情報総研」の小林陽子さんに伺った。

労務管理や働き方の多様化に苦労

――管理職においては、仕事が変わらないどころか負担が増えているところもある。これはなぜ?

国が働き方改革を進めても、企業の取り組みには差があります。短時間で成果が上がるように、生産性向上や業務分担の見直しを考えて進める企業もあれば、結果的に残業や労働時間の管理が厳しくなってしまうだけの企業もあります。後者の場合、仕事量は減らないのに管理職の労働時間は短くなるので、負担が増えたと感じても不思議ではありません。

労働法上の管理監督者である管理職が、残業時間の管理外に置かれやすいことも影響しているでしょう。部下のやり残した仕事を引き受ける人もいます。全体としては、企業の働き方改革への取り組みの程度が負担感を左右しているのではないでしょうか。


――実際の労働現場からは、どのような声が聞かれている?

労務管理に苦労する人が多いようです。部下の労働時間管理でも、以前は月単位程度で把握していればよかったですが、働き方改革で残業時間の上限が厳しくなり、さらに企業によっては1日の勤務の終業時刻から次の勤務の始業時刻の間に一定時間のインターバル(勤務間インターバル制度)を設けなければならなくなりました。社内ルール違反や法律違反をしないよう、日々、部下の労働時間を把握して仕事配分しなければならないようです。

加えて、働き方の多様化に伴う、マネジメント業務の増加に悩んでいるところもあります。昔は部下がみな同じ時間に出社、退社するのが当たり前でしたが、今は在宅勤務やテレワーク、直行、直帰、短時間勤務も広まりました。業務連絡やマネジメントをするにも、個別に連絡しなければならないという声も聞かれます。マネジメント業務の全体量が増えているという声もあります。

(関連記事:4月から始まる「勤務間インターバル制度」をご存知?でも“努力義務”だと…厚労省に聞いた


働き方改革で、管理職の業務が増えているとは皮肉な話だ。それでは、管理職の負担が増えてしまう具体的な原因はどこにあるのだろうか?

日本の管理職は「プレイングマネージャー」で業務範囲が不明確

――管理職の負担が増えているのは、どのような働き方が理由だと考えられる?

管理職の業務範囲が定まっていないことが影響しているのではないでしょうか。日本の管理職は、仕事を抱えながらマネジメントもする「プレイングマネージャー」が多いです。自分の案件をこなしつつ、部下の育成をして、労務管理もするタイプですね。その上、誰がやればよいか分からない仕事は「この人なら大丈夫」と管理職に回ってきます。

海外では「職務記述書」といって、採用時や人事評価の際に担当業務を「ここからここまで」と定めることも多いです。管理職の仕事内容も、マネジメントを重視するケースが目立ちますね。

採用権限の有無も影響しているでしょう。海外では管理職が、採用や予算権限を持つことが多いため、自身の仕事が増えれば新たに人を雇うこともできます。日本も大企業の部長クラスだとそのような権限があるかもしれませんが、一般的な管理職では難しいでしょう。日本の管理職は、人手が足りないときに取れる手段が少ないのではないでしょうか。

日本の管理職は業務もこなす「プレイングマネージャー」が多いという(画像はイメージ)
日本の管理職は業務もこなす「プレイングマネージャー」が多いという(画像はイメージ)

――では、日本の管理職は誰に助けを求めればよい?

残念ながら、管理職は自分の上司に助けを求めるしかないでしょう。マネジメントには上層部の人間を動かす能力も求められるので、業務や労働環境の目標などを伝えて、企業の支援を得られるのが理想ですね。でもそれは、難しいところもあるでしょう。個人ができることは、人への仕事の任せ方を工夫する、積極的にIT技術などを用いて省力化するなどでしょうか。


人員を増やせればこしたことはないが、そうはいかない現実もある。
それでは、せめて負担を抱えないように仕事をしたいところだが、負担を抱える人と抱えない人ではどのような違いがあるのだろうか。

仕事で負担を抱える人と抱えない人の違いとは?

――管理職で仕事の負担を抱える人、抱えない人にはどんな違いがある?

大きく二つの違いが考えられます。一つは時間の使い方です。日本の管理職はプレイングマネージャーという話をしましたが、仕事をする「プレイング」と管理する「マネジメント」のバランスが取れれば負担は抱えにくいでしょう。自分が直接仕事する割合が高くなっているな、などと把握できる人ですね。

もう一つは仕事の仕分けができることです。仕事にも緊急度と重要度があります。これは自分がやるべき、これは別の人でもやれるなどと仕分けできると、負担を分散できます。違う部署などに相談できる環境にあると、より好ましいでしょう。

管理職の問題だけではなく、会社自体の問題として考えることも必要だ(画像はイメージ)
管理職の問題だけではなく、会社自体の問題として考えることも必要だ(画像はイメージ)

――管理職の負担を減らすには、会社はどのようなことができる?

管理職本人の意識もそうですが、企業をはじめとする周囲のサポートが必要です。
管理職は部下がいる立場、管理能力を評価される立場から、職場で悩みを抱えても相談しにくいものです。社内で定期的な面談の機会を設けてもよいですし、外部の相談機関を紹介してもよいでしょう。マネジメント能力には技術的な側面もありますので、マネジメントスキルを身につける研修などを受けてもらうこともよいです。

コミュニケーションツールを導入したり、労務管理情報を見える化して、管理職の手間が省ける環境を整えることも大切でしょう。部下はできることが少ないですが、上司にマネジメント負担をかけないこと、上司とのコミュニケーションを自分からとったりですね。業務の進捗状況やスケジュールを日常的に共有したりすることで、業務全体の負担も軽減するはずです。

管理職も人間なので、追い詰められると、話しかけても反応が薄い、服装が乱れるといったシグナルが出ます。管理職よりさらに権限を持つ上司がそのような異変に気付き、業務の負担分散や取りやめなどを判断することも大切です。


――管理職の現状について、思うことはある?

管理職は仕事ができる人が抜擢されるケースがほとんどです。「自分でやった方が仕事が早く終わる」と思う人も多いでしょうが、それでは人が育たず、なかなか管理職の負担が減りません。管理職という仕事の本質は「マネジメント」なので、人に任せて管理したり、やらなくてもよい業務を整理したり最適化して、負担を減らしてもよいのではないでしょうか。管理職を地位ではなく役割として考え、仕事の範囲を明確にしていくと上手くいくかもしれませんね。



残業時間が減ったとしても、誰かにしわ寄せがくるようでは本当の働き方改革とは言えない。
管理職に将来の自分の姿を重ねる若手社員もいるだろう。部下が出世したいと思えるような、管理職もいきいきと働ける環境を整えることも求められている。

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「変わらなきゃ!働き方改革」特集をすべて見る!
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プライムオンライン編集部
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