仙台市太白区諏訪町の住宅で2013年10月、宮城県芸術協会職員の鈴木裕子さん(当時43)が殺害され、現金や貴金属が奪われた事件の裁判は9月24日、被告人質問と証人尋問が行われた。

強盗殺人などの罪に問われている菅野裕太郎被告(38)は「1人暮らしであれば完璧な盗みができると思った」、「寝室に人がいると気づきとっさに飛びかかった自分は、冷酷な人間なのかもしれない」などと述べた。弁護側は、殺害についての計画性は否定している。

裁判員裁判2日目

9月24日午前9時55分、仙台地裁102号法廷。
菅野被告は、1日目と同じように白のワイシャツ、黒のスボン姿で入廷した。

午前10時に始まった被告人質問は、「鈴木さんの家に狙いをつけた理由」、「犯行直前に下見を繰り返したのに在宅に気付かなかったのはなぜか」、「寝室で鈴木さんの存在に気付いた後、逃げずに飛びかかったのはなぜか」、「事件の後も窃盗を繰り返し、強盗殺人の件を自首しなかったのはなぜか」についてのやりとりが続いた。

初公判時の法廷(22日)
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鈴木さんの家を狙ったのは「1人暮らしで大金を得られると思った」

菅野被告は、検察官の質問に対し「2011年3月に貴金属買い取り業の飛び込み営業で鈴木さんの自宅を訪問した際に、ジュエリーボックスの中に数百点の貴金属があるのを見て、全部売却すれば300万円ぐらいにはなると思った。大金を得れば人生をやり直せるかもしれないと思った」と、鈴木さんの家に盗みに入ろうと考えたきっかけを話した。

初公判時のスケッチ

検察官:鈴木さんが1人暮らしだと思ったのはどうしてか

被告:下見した結果、鈴木さんは在宅している際、リビングか寝室にしか明かりをつけないことがわかった。誰かと同居していたら、ほかの部屋の明かりもつくはずで、1人暮らしだと確信した

検察官:1人暮らしにこだわったのはどうしてか

被告:家族と住んでいたら不在確認が難しくなると思った。1人暮らしであれば不在確認の確実性が増し、より完璧な盗みができると思った

検察官:女性の1人暮らしなら、もし鉢合わせしてもどうにかなると思っていたのではないか

被告:そうは思っていない

「部屋の明かりを見落としたのかもしれない」

検察官が提出した証拠によれば、鈴木さんの当日の帰宅時刻は防犯カメラの解析などから「午後7時20分」と推定されている。1日目の裁判で被告は、午後5時台から深夜0時台まで何度も家の前を下見して不在を確信した上で、午前1時過ぎに侵入したと述べている。

そのことについて被告はこの日「家の前を30分から1時間間隔で方向を変えながら何度も通って確認した。その日、家の前を通った限りは、明かりはついていなかった。明かりを見落としたからこそ、こういう結果になったと思う」と述べた。

鈴木さんの存在に気付いた後、逃げずに飛びかかったのはなぜか

また菅野被告は1日目の裁判で、1階浴室から侵入し、物色しながら窓の鍵を開けたり、勝手口のドアを開けたりして、逃げ道を確保していたと述べていた。

検察官:侵入する際、フェイスマスクをかぶっていたが

被告:顔を見られたくないという思いがあったので、目だけが出て鼻から下を覆う形のスキー用フェイスマスクを着用した。帽子もかぶっていた

検察官:寝室に鈴木さんがいるとわかった時、逃げないで飛びかかったのはなぜか

被告:不在であると確信していたので、鈴木さんが玄関から帰ってくるパターンしか考えていなかった。逃げることはできたかもしれないが、パニックになっていた

弁護人:フェイスマスクをしていたのだから、顔はわからないし、逃げてもよかったのではないか

被告:訪問買い取りで1度会っていたので、フェイスマスクをしていてもばれるのではないかと潜在意識で思っていたのかもしれない。顔を見られたら、たどられてしまうと思った

弁護人:逃げるという選択ができなかったのはなぜか

被告:とっさに飛びかかるという行動をした自分は、冷酷な人間なのかもしれない

検察官:首を絞めている途中、死亡する前にやめようとは思わなかったのか

被告:何も考えられなかった。気絶したのだと思った

検察官:気絶したのだとしても、このまま放っておいたら死亡するかもしれないとは思わなかったのか

被告:自分の身の安全しか考えていなかった。救命措置はしなかった

裁判官:一般論として、人の首を絞めれば死亡するということはわかっていたか

被告:わかっていた

初公判時のスケッチ

自首をせず、窃盗を繰り返したのは「自分かわいさだった」

菅野被告は、事件の2カ月後の2013年12月から2014年10月にかけて仙台市内で8件の窃盗を繰り返したとして、2015年11月に懲役3年6カ月の実刑判決を受け、2017年10月に仮釈放されるまで服役していたほか、2019年11月から2020年1月にかけて大崎市内で3件の窃盗を繰り返したとして、2020年6月に懲役5年の実刑判決を受け、宮城刑務所に服役していた。

検察官:鈴木さんの家から奪った後、同居女性にプレゼントしたブランド時計を仮釈放された後の2018年12月に返してもらっているが

被告:年末の12月30日に返してもらい、12月31日に売却した

検察官:殺害事件の直接の証拠だから海に捨てようと思って返してもらったのに、すぐ売却したのはなぜか

被告:1回目に逮捕された時、警察に任意提出し調べられた上で返ってきたと思ったので、売却してもばれないかもしれないと思った

裁判官:2回逮捕されて取り調べを受け、裁判もあったのだから、鈴木さんを死なせたことを話すきっかけはあったと思うがどうか

被告:警察から言ってくるのだと思っていた。1回目の逮捕の時、事件のメモを残していたスマホも警察に押収されていたので、警察がなぜ言ってこないのかと思っていた。子供ができて失うものがあると思うと、怖くて自分からは言い出せなかった。自分かわいさだったと思う。

被告の母親 涙ながらに「一生かけて償ってほしい」

午後からは、菅野被告の母親に対する証人尋問が行われた。

母親が入廷する際、弁護側の席に座っていた被告は、母親の顔をちらっと見ただけで、すぐにうつむき、ずっと下を向いていた。

尋問で母親は、事件直前の被告の様子について「同居女性の世話になっていたことは知っていたが、どんな生活を送っているかはわからなかった。プライドが高く、親に金を支援してほしいというようなことは言ってこなかった」と述べた上で、「とんでもないことをした。悲しいし、やるせない。許されることではない。一生かけて罪を償ってほしい」と涙ながらに話した。

裁判が休憩に入った際、証言台の椅子に座ったまま泣きじゃくる母親の脇を、手錠をかけられ腰ひもをつけられた被告が歩いて通り過ぎて行った。母親は声を出して泣き続け、顔を被告に向けることはなかった。

「大金を得られて味をしめたところがあった」

この日の裁判の最後に、大川隆男裁判長から以下の2つの質問があった。

初公判時の大川隆男裁判長

裁判長:鈴木さんが寝室にいることに気づいた際に逃げる選択をせずに飛びかかり、首を絞めた後も救命措置をせず、さらに盗みを続けるという冷酷な人間になった原因について、自分ではどのように分析しているか

被告:言葉ではうまく説明できない

裁判長:人の命を奪い、取り返しのつかないことをしたと言っている割に、事件の後、自首することもなく窃盗事件を繰り返し、捨てようと思って返してもらったブランド時計をすぐ売却しているが、うまくいけば捕まらないとか、金を得るためには背に腹は変えられないという思いだったのではないか

被告:弁解はできない。大金を得られて味をしめたというところがあったと思う

裁判は、27日に論告求刑と弁論が行われ、30日に判決が言い渡される予定だ。

(仙台放送 澤田滋郎)