医師がしゃっくりを止めるガスを開発

不意にしゃっくりが起こり、止まらなくなって困った経験は誰にでもあるのではないだろうか?

そのような場合に止めるには、「他人に驚かせてもらう」「息を止める」「水を飲む」など様々な方法が広まっている中、福岡県の医師が“しゃっくりを止めるガス”を開発した。このガスを吸い込むことで、治療した19人全員に改善が見られ、中には66年間もしゃっくりに悩む患者の改善も見られたという。

でも、ガスを吸ったらしゃっくりが止まるってどういうことなのか? そもそも、しゃっくりはなぜ起こるのだろうか?

このガスを開発した福岡県の聖マリア病院・呼吸器外科の大渕俊朗医師に詳しく話を聞いてみた。

しゃっくりが起こる詳しいメカニズムは今もわかっていない

聖マリア病院 呼吸器外科 大渕俊朗医師

――しゃっくりに悩んで病院を訪れる患者はどのくらいいる?

去年夏に新聞で紹介されてからですが、半年で20人でした。

――そもそも、なぜしゃっくりが起きるの?

実は、しゃっくりが起こる仕組みはよく分かっていません。咽頭(いんとう=ノドの奥。口を開けて、一番奥に見える場所)の感覚神経(=刺激を脳に伝える神経)を刺激するとしゃっくりを誘発できる、という事はわかっていますが、詳しいメカニズムは今もよくわかっていないのです。

――では、しゃっくりが長期間続く場合、病気の可能性もある?

似た質問を、他の方々からよくされますが、以下のように考えます。
「しゃっくりが続くことをきっかけに病気が見つかった、というケースは少ない」と思います。多くは「病気がすでに分かっている人(例えば、脳出血で入院している、あるいは食道癌の手術を受けたなど、病気がはっきりしている人)に、しゃっくりが続く」ということはあると思います。

むしろしゃっくりが続くことで病気が隠れているのではないか、という不安を煽る情報が、ネットなどに溢れていることは問題だろうと思います。


脳が「これはマジ、ヤバい。」と焦る条件を安定的に作り出せるガス

――しゃっくりを止めるガスとはどんなもの?

しゃっくりが止まる生理学的条件を作り出すガスです。

しゃっくりは自分の意思では止められません。しゃっくりは「自律神経」という自分の意思ではどうにもならない「人間の生理」を司る神経のイタズラです。自律神経とは、脈拍や呼吸のスピード、果ては食欲や排泄まで、常時管理しています。卑近な例ですが、どんなに崇高な宗教を信じようが、排尿をガマンするのは限界があります。つまり自律神経とは、生きるために必要なことを全て管理してくれているありがたい機能であり、意思でコントロールできない部分なのです。

しゃっくりは、その自律神経が関与する脳の領域から出ている異常信号で起こると考えられています(正確には延髄という脳の領域)。基本的に我々が外から操作することは不可能だと思ってください。

私は、しゃっくりが止まる生理学的条件を発見したのですが、正確には自律神経が「しゃっくりしているどころじゃない」と「慌てる状況」を「安定的に再現できる条件」を発見したのです。

要するに今回の話は、「脳が『これはマジ、ヤバい。しゃっくりを止めて、生き延びるための態勢を整えましょ』」と焦る条件を安定的に作り出せるガスを作った。実際に試してみると、予想どおり脳を騙して、しゃっくりを止める方向に追い込むガス、であることが証明できた、と言えるでしょう。


――このガスはどのように使うの?

使い方は「酸素9割、炭酸ガス(CO2)1割」の混合ガスを吸い続けるだけです。炭酸ガスについては、体内に徐々に蓄積していきます。この9対1の混合ガスを約5~6分吸うと、しゃっくりが止まる状態(=脳が「窒息の危険がある」と勘違いして、正常な呼吸が出来る状態に強制的に修正する状況)になります。ただし、実際に吸っているガスは酸素を90%も含んでいる(通常、大気中の酸素は21%)ので、窒息する(=酸素が枯渇する)ことはありません。

――ガスはしゃっくりを止めるだけでなく、予防にも使える?

イメージとして、坂道を転がるボールを「止めてください!」と頼まれて止めた…ここまでは可能になりました。今までは転がってきたボールのすべてを止めることは出来なかったので、進化だとは思います。しかし、ボールから手を離した時、たまたまジャリ石などのお陰で、上手くボールがそのまま止まってくれたら「ボール(しゃっくり)は止まりました」となりますが、その後、風が吹いたりして、また転がり始めたら「ボールがまた転がった。止めて~!(再発した。止めて!)」となります。要するに、現時点で「どうして風が吹くのか?(どうしてしゃっくりは再発するのか?)」という疑問には答えられません。

これは「ボールを止める」ガスだけなので、起きているしゃっくりには有効ですが、予防効果はありません。「止まっているボールを動かないようする」ことは出来ないのです。


なお、二酸化炭素はとても逃げ足が速く(拡散速度が速い)、密閉空間でガスを吸わせないと、目標の濃度まで炭酸ガスを体内に蓄積させることができません。そこで、上記の写真のように、患者にビニール袋をかぶせ、その空間の中でガスを吸入させます。ガスは通常病院に置いている酸素マスクを通じて、患者の口元に供給します。ビニール袋が患者の顔に密着しないように、患者にツバの広い帽子をかぶせて、その上から透明のポリ袋をかぶせます。首元は理髪店で使われる「髪の毛よけ」で首周りを軽く押さえます。

この状態で、ガスを吸入させるだけです。供給スピードは、2~4L/分です。

――どのような経緯で、この方法にたどり着いた?

以前から、ビニール袋を使って再呼吸(ビニール袋内で呼吸を続ける事)をすると必ずしゃっくりが止まる、ということを知っていました。当院でも外来で、研修医などの前で披露して、実際に患者さんを治療していました。3年前、ある研修医から「どうしてその方法で止まるのですか?」と質問され、…答えられなかったのです。CO2であることは容易に想像出来たものの、「確かに具体的な条件は知らないなあ」と恥ずかしく思い、研究を始めました。

その結果、医師であれば膝を打つ生理学的条件である事が判明し、今回のガスを作る基礎データとなりました。論文では「二酸化炭素を吸わせると、しゃっくりの動きが弱まる」ということは、かなり前から報告されていました。しかし、具体的な条件は誰も指摘していなかったのです。何となくそうらしい、しか分かっていませんでした。

びっくりさせて止める方法は、間違いではない?

――昔からしゃっくりを止めるには、びっくりさせるのが良いと言われるが?

結論は「方向としては間違いではない」と思います。まさにそれが私の理論の白眉であり、たとえるなら、脳にどっきりカメラを仕掛けて騙し、脳が「このままだと死ぬ」と焦る条件にすることが肝要です。

ご質問の条件ですが、驚かしても、やり方や反応は千差万別。驚き方に個人差があり、しゃっくりが止まる条件に合致しなければ人によって全く効果はないと思います。驚かすにしても、安定的に「脳が焦る条件」を作り出せるかどうかがカギだと思います。

――この治療は他の病院などではできないの?

現在はまだ実験的治療なので、当院でしか使用できません。今はデータを収集して、論文発表する準備をしている段階です。その内容が世間で認められたら、初めて正式に治療としての「治療研究(治験)」を申請しますが、その前段階です。

――最後に、しゃっくりに悩む方にメッセージをお願いします。

しゃっくりが続いても、あまり心配しないで下さい。しゃっくりが続くからといって、深刻な病気が隠れている、というケースは滅多にありません。止まらない場合は、お近くの専門医に相談されることをお勧めします。



現在、このガスの治療が受けられるのは大渕医師が勤務する福岡県の聖マリア病院だけで実験的治療の段階ということだった。
しゃっくりが止まる生理学的条件が、自律神経が「慌てる状況」を作り出すことというのは勉強になったが、そもそもしゃっくりが起こるメカニズムが医学的にもよくわかっていないように、人体はまだまだ奥深いことも今回の取材でわかった。