福島県双葉町下羽鳥地区。2021年5月、東日本大震災後初めての田植えが行われた。

双葉町・伊澤史朗町長:「被災自治体では最後で、双葉町にとっては最初の田植えなんですけど。復興の第一歩という感じがしましたね」

東日本大震災から10年と半年が経っても、全町避難が続く双葉町。試験的な栽培だが、かつての基幹産業・農業の復興に向けた大きな一歩となった。

先祖代々、この地区で米作りを行ってきた木幡治さん。

木幡治さん:「まず今日は最高のお祝いの日ですね。出来れば、もっと早くやりたかったけどね」

11年ぶりの双葉町でのコメ作り。木幡さんなど、かつての地区の住民が避難先から通って管理する。

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2021年7月。夏の日差しを浴びて稲は順調に育っていた。

地区の草刈りのために集まったのは、かつて木幡さんの自宅があった場所。

木幡治さん:「震災から3年過ぎてから獣が入ったんですよ。獣が入ったらダメ」

農地を管理する組合が設立されたことをきっかけに、木幡さんが倉庫を建設した。

根底にあるのは『ふるさと双葉町のためになれば』という思い。

木幡治さん:「やはり俺たちが先頭にやって動いて、そうすると結構若い人来てやってくれてるし。大変でも『やりたい!』という部分で動いてます」

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試験栽培の田植えに参加していた澤上榮さん。震災で避難を余儀なくされるまでは木幡さんと同じ下羽鳥地区に住んでいて、この日は避難先のいわき市から双葉町を訪れていた。

故郷に帰るその日に備えて、いわき市でも米作りを続けている。

澤上榮さん:「やっていないと忘れるって事は無いけど、感覚は分かんなくなってくる。やれることはやっていきたいと思いますけどね」

2021年8月。政府は帰還困難区域のうち避難指示解除の見通しが立っていなかった地域についても、住民が帰還を希望すれば除染を行って避難指示を解除する方針を決定した。

時期については「2020年代」と曖昧だが、澤上さんはいずれ双葉町に戻って米作りをしたいと考えている。

澤上榮さん:「分からない先の事はね。出来るだけ体が元気なうちに戻るんだったら、戻りたいし」

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一方の木幡さんは、双葉町に戻るかどうかは決めていません。しかし、体が動く限り双葉町に通って農業を続けたいと考えている。

木幡治さん:「誰かがやってみせておかないと、将来的に若い人が戻ってこようとしてもなかなか難しい部分があると思うので。『出来る事を出来るだけ長くやりたい』という思いですね」

2021年9月。11年ぶりに首を垂れる双葉町のイネ。ふるさとでのコメ作りに特別な思いを持つ人たちのもと、収穫の時を迎えようとしている。