皆さんは「360度評価」を知っているだろうか。人事評価手法のひとつで、上司など特定の担当者ではなく複数の意見で評価を付けようというものだ。

世間一般では、適正な評価につながるなどのメリットがあるとされ、官公庁での導入事例もある。働き方改革で「多様で柔軟な働き方の実現」が推進されていることを考えると、導入事例は増えていくかもしれない。

しかし、実際の状況については知らないことも多い。そこにはどんな影響があり、または弊害などはないのだろうか。導入企業と専門家に伺い、「360度評価」の効果と課題を探った。

日頃の頑張りが周囲の評価につながる

工業用副資材などを扱う「トラスコ中山」(東京)では、人事評価の不公平感や企業内に派閥が生まれることを防ぐ目的で、2001年から360度評価を導入した。社内では「OJS(オープンジャッジシステム)」と呼ばれ、ほぼ全ての従業員が上司・部下・同僚の3方向から評価を受けているという。

トラスコ中山(提供:トラスコ中山)
トラスコ中山(提供:トラスコ中山)
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OJSの種類は次の通り。役職や目的に合わせて、使い分けられているのが特徴だ。

1.人事考課OJS(一般社員が対象)
同じ職場(部署)の社員同士で、「業績」「姿勢」「能力」を5段階評価する。人事考課の30%に反映する。

2.昇格OJS(昇格候補の社員が対象)
昇格するにふさわしいか、その人物を知る社員全員で「○・×」投票を行う。一定の得票数や支持率を満たすと昇格できる。

3.取締役・監査役・執行役員・部長OJS(部長以上の役職者が対象)
取締役・監査役・執行役員・部長の能力を、一定以上の役職者が点数評価する。昇格・降格を決める判断材料となる。

4.パートタイマーOJS(パートタイマーが対象)
パートタイマーの「業績」「姿勢」「能力」を、同じ職場(部署)の社員やパートタイマーが5段階評価する。時給改定や正社員登用の基準などに影響する。

OJSの種類(提供:トラスコ中山)
OJSの種類(提供:トラスコ中山)

導入の影響を企業担当者に聞いたところ、日頃の頑張りが周囲の評価につながり、それが人事考課にも反映されるため、人事に対する納得感やモチベーションが高まる効果があったという。

そして、従業員の人物像を把握しやすくなるのもメリットなのだとか。「例えば、部下からの評価が低いのに上司に評価されている場合、評価のギャップからその人物の立ち振る舞いや行動が見えてきます。部署の異変などにも早く気付けるという、副次的な効果もありますね」

一方で過去には、少人数の事業所だと互いを低く評価しづらくなることもあったとのこと。こちらについては現在、少人数では評価させないといった対策もしているという。

適正な評価が難しい側面も

生活用品を企画・製造・販売する「アイリスオーヤマ」(宮城)も、360度評価を導入した企業のひとつ。

人材育成や公平公正な人事制度につなげようと、2003年から1年に1回、役員クラスを含む全社員が上司・部下・同僚から評価される機会を設けている。

アイリスオーヤマ(提供:アイリスオーヤマ)
アイリスオーヤマ(提供:アイリスオーヤマ)

評価軸となるのは、一般社員が「基本的行動」「能力」「人間力」「実績」、幹部社員が「業務力」「実力」「指導力」「人間力」のそれぞれ4項目。1~6の6段階で評価を付け合い、各項目の平均値を他者から見た評価として、能力が発揮できているかなどの判断材料に役立てている。

評価を受ける人数は役職や部署の規模などで異なるが、責任ある幹部職員は一般職員よりも多人数から評価される仕組みになっているとのことだ。

こちらも導入の影響を担当者に聞いたところ、周囲からどう評価されているかの気付きになる、部下の育成について考えるようになる、自分の強み・弱みを謙虚に受け止めるようになる、などの肯定的な効果が目立つという。

その反面、適正な評価が難しいところもあるとのことだ。「営業部門と管理部門では何が良くて、何が悪いのかという“評価の物差し”が違います。360度評価では、同じ土俵で評価しなければならないので、ばらつきを適正に評価する必要があります。また、評価する人によって結果に偏りができることも考えられるので、極端な評価は人事でチェックしています」


導入企業に聞いた限りだと、多方面で良い効果がある一方で、評価の扱い方が難しいような印象だ。

それでは、企業はどう使いこなせばよいのだろう。組織・人事コンサルティングを専門とする「クレイア・コンサルティング」の針生俊成さんに、導入のポイントなどを伺った。

専門家「360度評価には“副作用”もある」

――360度評価は、企業にどんな影響を与える?

360度評価の影響は、企業の運用方法や上司・部下の信頼関係などで変わります。そのため、運用次第で良い方向にも悪い方向にも表れると言えるでしょう。目的に向けてしっかり運用されているのであれば、適切な評価や人材育成には大変有効な手段です。

ただ、企業や社員側に評価する・される準備ができていないと不満や疑心暗鬼につながったり、「上司を告発する手段」として使われることもあります。360度評価の“副作用”と言えますね。


――導入は広まっている?

当社では問い合わせが増えています。企業のほか、官公庁や学校法人からの連絡も多いです。実は360度評価はバブル崩壊後、公正な評価を実現する方法として注目されました。ですが当時は、年功序列が災いして、低評価をした部下を上司が問い詰めるようなこともあったのです。

その頃と比べると、近ごろはハラスメント対策として検討しているところが多いようです。パワハラなどを防ぎ、若年層の離職を抑えたい狙いがあるのではないでしょうか。


針生俊成さん
針生俊成さん

「評価結果を受け入れられない上司がいる」など3つの課題

――360度評価を導入することでのメリット・デメリットは?

組織(企業)、上司、部下という3つの視点で、次のように考えられます。

【組織(企業)】
メリット:人材に関する多面的な情報が集まるので、適切な人材配置や活用につながる
デメリット:運用方法によっては、上司・部下の関係性が悪化することもある

【上司】
メリット:自分のマネジメントが適切かどうか、足りない部分が分かる。部下の本音が分かる
デメリット:部下からの評価を恐れて指導ができない。部下を持ちたくない人も出てくる

【部下】
メリット:評価は匿名で行われることも多いので、要望や気持ちを素直に伝えられる
デメリット:上司を評価することが心労や不安につながる人もいる。「気に入らない上司を異動させることができる」といった勘違いをする人も出てくる


バブル崩壊間もない頃は、低評価の犯人捜しをする上司もいたという(画像はイメージ)
バブル崩壊間もない頃は、低評価の犯人捜しをする上司もいたという(画像はイメージ)

――コンサル経験を通じて感じた課題はある?

3つあります。1つ目は評価結果を受け入れられない上司がいることです。360度評価の特徴は、上司が「自分のマネジメントの影響」を確認できることにあります。その上司が結果を受け入れられないのであれば、360度評価を行う意味も薄れてしまいます。

2つ目は適正な評価がされない可能性もあることです。評価する側の心理状態が影響することもありますし、質問内容によっては評価しようがないこともあります。他人を評価するトレーニングを受けた人の回答でないことは留意しなければならないでしょう。

3つ目は結果の捉え方です。360度評価は能力ある人が、必ずしも高く評価されるとは限りません。例えば、規律や自律性に欠ける部下を任されると、上司は自然と厳しめのマネジメントをせざるを得ないこともあります。そうすると、部下から見た評価は高くなりにくいものです。

一方で、有能な部下がそろっている上司は厳しい指摘をする必要がありません。部下の評判は良いかもしれませんが、その上司の能力が高いかといえば、そうとは言い切れないはずです。評価結果が単純に上司の能力を表しているわけでないことは、課題と言えるでしょう。

人事に反映するときは慎重に

――それでは、360度評価を導入して良い影響を出すには?

導入が成功している企業は、目的や趣旨を社員が前向きに理解していることが多いです。
例えば、上司の能力の優劣を付けるものではなく、部下が主観的に感じていることを伝える機会と教えてはいかがでしょうか。点数の高低だけで判断するのではなく、コメント欄を設けるなど、部下の伝えたいことが伝わりやすいようにする工夫も大切です。

評価結果の扱いにも注意が必要です。上司と部下に基本的な信頼関係がないと、人事考課に影響すると分かった瞬間、いろいろな思惑で適正な評価がされなくなります。最初は社員の教育目的として使い、信頼関係を感じたら人事にも反映するといった、段階を踏むべきでしょう。


――導入するべき企業、しないほうがよい企業はある?

360度評価は上手に活用できれば、企業の規模や業種を問わずに有効です。上司・部下に「より良い関係で仕事がしたい」という前向きな関係性があるなら、導入を検討してもよいでしょう。

ただ、社員の成熟度が低い場合は慎重に検討するべきです。若手世代が叱られることに慣れていないように、管理職世代は部下から評価されることに慣れていない人も多くいます。評価を前向きに受け止められるメンタルがなければ、“副作用”が色濃く出ることも考えられます。


優劣を付けるのではなく、主観を伝える機会と考えてみよう(画像はイメージ)
優劣を付けるのではなく、主観を伝える機会と考えてみよう(画像はイメージ)

360度評価はきちんと運用できればメリットも大きいが、運用体制によっては思わぬ悪影響が出ることもあるようだ。導入を検討している企業・官公庁は、従業員同士の関係性、自社の教育環境などと照らし合わせて考えてみるとよいだろう。


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プライムオンライン編集部
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