経済分野から教育に至るまで統制が急速に強められ、中国社会が戦々恐々としている。

中国の学校では、9月から習近平国家主席の指導思想を学ぶ授業が必修化された一方、営利目的の学習塾の運営や設立が制限された。また、未成年者へのオンラインゲーム提供は週末の夜の1時間だけとするなど、異例とも言える規制強化の動きが相次いでいる。思想統制に拍車をかける習近平国家主席の狙いは何なのか、規制強化の裏に隠された思惑を探った。

「学生の頭脳を“習近平思想”で武装」

9月1日の新学期から、中国の全ての教育課程で導入されたのが習近平氏の指導思想の学習だ。この“思想”は2017年の党大会で、毛沢東思想、鄧小平理論と並んで党の最高規則である党規約に盛り込まれた。建国の父・毛沢東、改革開放の鄧小平に続き、習主席が目指すのは中国を「強国」にすることだ。

授業で使われる教材「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想学生読本」は、小学校低学年、高学年、中学、高校の4種類あり、小学校低学年の教材では、習主席が「習おじいさん」として登場。

習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想学生読本
習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想学生読本
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子ども達に愛国や、社会主義建設などについて教え諭す内容になっていて、子ども達と交流する写真も多数掲載されている。

小学校の教材では習近平国家主席が児童らと触れあう写真も多数掲載されている
小学校の教材では習近平国家主席が児童らと触れあう写真も多数掲載されている

一方、高校の教材では台湾統一などにも触れ、外部勢力や一部の台湾独立派に対しては武力の使用を放棄しないと記されている。

中国では各職場に共産党の支部が置かれていて、共産党員向けに習氏の思想の学習会が実施されてきたが、それを小学校にまで拡大したわけだ。幼少期から思想教育を徹底し、「学生の頭脳を習氏の思想で武装」させることで、習氏の求心力を高める狙いがあると見られる。

思想教育を強化する半面、外国語の授業を減らしたり、外国教材の使用を禁止したりする動きも出ている。上海では9月から小学3年生から5年生の英語の期末試験が廃止され、北京市では教育委員会が義務教育の学校に対し国外の教材の使用を禁止する通達を出した。

教材を通じて外国の価値観が流入するのを防ごうとしているようだが、こうした国際化に逆行する動きには、保護者らから疑問の声も上がっている。

学習塾は「敵」、多すぎる宿題に「NO」

そもそも、中国は日本以上に徹底した学歴社会だ。

中でも大学入試(高考)は人生の一発勝負とも言われ、受験生は過酷な競争にさらされている。2021年6月に実施された中国の大学入試は、前年より7万人多い1078万人が受験した。会場では厳重な新型コロナウイルス対策に加えて、例年同様、受験生が集中できるよう会場周辺の交通を規制したり、受験生のバス代を無料にしたりするなど社会全体でサポートする姿が見られた。

受験戦争は年々過熱を極めていて、子ども達はプレッシャーに苦しみ、親にとっては教育費の負担が重くのしかかる。

北京や上海など大都市では、塾や習い事なども含めると高等教育修了までに日本円で数千万円が必要とされ、少子化の一因とも指摘された。

中国共産党は7月下旬、親たちの負担を軽減するという名目で、教育に関する二つの措置を発表した。その一つが義務教育段階の学習塾を「非営利組織化せよ」という命令だ。事実上の「塾禁止」令が突如打ち出されたことで、教育業界は大混乱に陥った。

北京市内の名門校、北京大学附属中学の付近には学習塾が多く集まっていたが、政府の指示を受けて一斉に閉鎖に追い込まれた。現場を訪れてみると入り口には鍵がかけられ、政府が発表した「義務教育の学生の塾の負担を軽減する」という通知が貼られていた。机やいすが雑然と置かれたままの教室もあった。月謝を受け取ること、つまり利益を出すことが禁じられたため、塾の閉鎖が相次いだのだ。

政府の指示を受け、学習塾は一斉に閉鎖した
政府の指示を受け、学習塾は一斉に閉鎖した

もう一つの措置として政府が打ち出したのが、小中学校の宿題の量の制限だ。

中国では宿題の量が多く、小・中学生が宿題に費やす時間は一日2.8時間で世界最長レベルとも言われていた。宿題に付き添う親の負担も大変なもので、教育費の高騰に加えて宿題の量の削減が親たちの切実な問題となっていた。

3月に取材した地元の公立小学校に通う小学1年(当時)の男の子のお宅では、毎日、国語や算数の他、1年生から英語の宿題も出されていた。子どもが宿題を終えると、親は間違いがないかを逐一添削する。さらに朗読や暗唱、そして運動といった実技を伴う宿題では「証拠動画」を撮影し、アプリで学校に報告しなくてはならない。

「宿題」に付き添う親の負担も大きかった
「宿題」に付き添う親の負担も大きかった

低学年の宿題でも難しくて親がついていけないこともあるといい、共働き家庭からは帰宅後に第2の仕事が待っているようだと悲鳴が上がるほどだった。

今回の通知では

1)親が子どもの宿題を手伝うことを禁止し

2)小学1、2年生は書面の宿題なし、宿題に充てる時間は小学3~6年生は平均60分以内、中学校は同90分以内と細かく定め

3)子ども達の就寝時間を守ること、などを盛り込んでいる。

「ゲームは精神的アヘン」と批判

教育界に続いて、ゲーム業界にも衝撃が走った。

中国でメディア全般を管轄する「国家新聞出版署」は8月30日、「未成年者のネットゲーム依存を適切に防止する」として、オンラインゲームの提供時間を規制する通知を出した。ネットゲームの企業は実名でのユーザー登録を徹底し、18歳未満のユーザーには金・土・日の週末と祝日の夜8時から9時の1時間しかサービスを提供してはならないとしたのだ。

「オンラインゲームという精神的アヘンが数千億元規模の産業に成長してしまった」

8月上旬には国営新華社系のメディアがネットゲームを「精神的アヘン」と非難したほか、「暴利をむさぼる学習塾は敵である。資本家と体制内の欲張りな走資派の結託を許すな」と学習塾を「敵」として痛烈に批判した。

走資派とは文化大革命(毛沢東時代の大衆動員による政治闘争)当時に使われた言葉で、中国共産党内部で社会主義を支持するふりをしながら資本主義を回復しようとする者らを指す。

規制強化にあわせ国営メディアまでもが、文化大革命当時のような過激な言葉で、塾やゲーム業界を批判し始めたのだ。

「共同富裕」で始まった「金持ち」叩き

毛沢東時代を思わせるような現象は他にも……。

8月17日に開催された党の重要会議、中央財経委員会で習近平主席は重要演説をし、「人民の幸福を実現する取り組み」として「共同富裕」のスローガンを打ち出した。経済格差を是正し社会全体が豊かになることをめざす「共同富裕」は建国以来の目標で、鄧小平が改革開放の未来の姿として想定していたものだ。習主席はなぜ今、「共同富裕」を“復活”させたのだろうか。

「共同富裕」のスローガンを打ち出した習近平主席
「共同富裕」のスローガンを打ち出した習近平主席

会議では共同富裕を実現するために富を分配する方法として、以下の3つを挙げた。

1)経済活動による富の分配

2)徴税などによる分配

3)個人や団体の寄付、不法収入の取り締まりなど

これを受けて素早い動きを見せたのが、IT大手・テンセントだ。習主席の発言からわずか26時間後に、「共同富裕プロジェクト」として、農村振興や低所得者向けの医療・教育支援事業などに500億元、およそ8500億円を拠出すると宣言した。

他にも、ネット通販大手のピンドゥオドゥオが農民支援に100億元(約1700億円)、大手スマートフォンメーカー・シャオミの創業者が172億元(約2900億円)、アリババグループが2025年までに1000億元(約1兆6500億円)など大企業の間に追随する動きが広がっている。

習近平政権はこのところ、アリババ、滴滴、テンセントなど中国を代表する巨大IT企業を独禁法違反などで次々に摘発し、狙い撃ちするように規制を強化してきた。このため企業側は、当局に目を付けられないよう自発的に寄付を申し出ることで、難を避けたいという思惑があると考えられる。

共同富裕では「不正収入」「不合理収入」が取り締まりの対象となっており、富裕層の財産が標的となる恐れも孕んでいるため、富裕層は戦線恐としている。

「金持ちを殺して貧民を救う、『殺富済貧』ではないか」との懸念も拭えず、中国当局が会見で「ただの寄付だ」と打ち消す場面もあった。

急激な経済成長の一方で、経済格差の拡大が深刻な中国。

李克強首相は2020年、中国では今も約6億人が月収1千元、日本円でおよそ1万7000円で暮らしていると明らかにした。格差解消は現状に不満を持つ若者や、一般庶民に歓迎されることは間違いない。

李克強首相
李克強首相

習氏は政権発足後、党幹部らの腐敗を次々に摘発、「トラもハエも叩く」として国民の幅広い支持を得た。2022年秋の党大会で3期目をめざす習氏としては「反腐敗」同様、「共同富裕」で国民の支持を獲得し、それを背景に指導部人事などで主導権を握りたい思惑があると見られる。

ただ、中国経済の発展を支えてきた民間企業の活動を規制することには大きなリスクが伴う。学習塾など規制の対象になった企業の株価は暴落し、いわゆるチャイナリスクを露呈した。

企業でも家庭でも統制を強める習近平政権。11月に開催される党の重要会議「6中総会」は、指導部人事などを決める次の党大会に向け重要な調整の場となる見通しだ。習主席への権力集中はどこまで進み、個人崇拝の色を強める中国はどこへ向かうのか。今後の動きを注意深く見る必要がある。

【執筆:フジテレビ 解説委員室副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。