私立に通う小学生が増えた理由

「わが子には、より良い教育を受けさせたい」そう思う家庭は少なくないだろう。
文部科学省「学校基本調査」によると、私立に通う小学生の割合は、近年上昇しているという。
少子化で小学生が937万人(1990年)から637万人(2019年)へと大幅に減少する中、私立小学校の在籍者数は6.4万人から7.8万人と増加。

小学校在籍者の学校内訳の推移(割合) 文部科学省「学校基本調査」より作成
小学校在籍者の学校内訳の推移(割合) 文部科学省「学校基本調査」より作成
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この要因について、ニッセイ基礎研究所の久我尚子主任研究員は「『母親の高学歴化』『共働き世帯の増加』が考えられます。大学進学世代の女性が母親になることで、高学歴の母親も増加。そのため、私立の高額な学費は家計に負担でも、自分が受けてきた以上の教育を、早い時期からわが子に与えたいと考える親が増えているのかもしれません。
また、『パワーカップル』と呼ばれる、夫婦ともに年収700万円以上の共働き世帯が、教育費を出しやすくなっているのではないでしょうか」と話す。

都内の名門私立小学校で学童保育がスタート

ジョアニークラブ 自由遊び中の児童たち
ジョアニークラブ 自由遊び中の児童たち

「私立小学校に通う子どもの母親は、専業主婦」といったイメージを持つ人も多いと思われるが、近年、私立小学校でも共働き世帯への理解が広がりつつあるという。

東京・白金にある聖心女子学院初等科でも、2016年から学童保育「ジョアニークラブ」が開設された。
学校自らが、仕事を持つ保護者を支援する取り組みだが、児童たちはどのような環境で放課後を過ごしているのだろうか。

実際に取材してみると、放課後、緑豊かな学校敷地内の一角にある教室で、子どもたちはスタッフが見守る中、宿題や工作、体を使った遊びなど、思い思いの方法で自由に充実した時間を過ごしていた。
この学童保育では、1~4年生を中心に、毎日20人ほどが利用。
また、クラブ名の「ジョアニー」とは、学院の創立者、聖マグダレナ・ソフィア・バラが生まれたフランスの町の名で、創立者が子ども時代の楽しい時間を過ごした場所であることや、児童たちにとって親しみのある地名であることから名付けたという。

ジョアニークラブを運営する「放課後NPOアフタースクール」の渡辺秋美さんは、「放課後は子どもにとって大切な時間。単にお預かりするだけではなく、子どもたちが安全に楽しく過ごせる環境を提供できるよう心がけています。同クラブでは、上の学年が下の学年の面倒を見る関係性ができています。小さなもめ事が起きても、スタッフが仲裁に入る前に、子どもたちが困っている子に声をかけ、問題が解決する場面も。そういった交流が、心の成長にもつながっていると感じています」と話す。

聖心女子学院初等科 大山江理子校長
聖心女子学院初等科 大山江理子校長

では、ジョアニークラブを開設したきっかけは何だったのだろうか。聖心女子学院初等科の大山江理子校長に聞いた。

ーー開設のきっかけは?

女性の生き方や、社会の中で女性が求められているものは、時代によって変化しています。
卒業生の姿を見ても、家庭や子どもを持ちながら仕事を続けていく人が出てきたり、保護者の中でも仕事を持つ方が実際に増えています。
その中で、本校は女子校として「何ができるのだろう」と考えた時に、学童保育というのも一つの形ではないかと考えるようになりました。

2年ほどかけてリサーチしている中、「放課後NPOアフタースクール」と出会い、「すべての子どもたちに安全で豊かな放課後を届ける」という理念に共感し、運営をお任せすることを決めました。


ーー保護者からの反響は?

新入生保護者説明会で学童保育の導入をお知らせしたところ、保護者からは喜びの声が聞かれました。
また、卒業生が好意的に受け止めてくださったことが、とても心強かったです。


ーー働く母親でも子どもを通わせることはできますか?

母親が仕事を持っているということは、意味のあることだと思います。
仕事を持ちながらの子育てにはチャレンジも多いですが、自信を持って自分の人生を生きる姿は、わが子の学びにつながるのではないでしょうか。

世の中の変化を考えると、今後、学童保育は女子校にとって“なくてはならないもの”だと思います。
女子を育てる場である女子校だからこそ、母親を支援する場が大切で、子どもを育てることと、母親を支援することは、ひと続きでなくてはいけません。
わたしたちがサポートするのは、より良い親子の関わりです。
ジョアニークラブでは、学校生活とはまた違った楽しい時間を、異年齢の友人たちと穏やかに過ごしてほしいと思います。

小学校受験、専業主婦でもハード?

働く母親が増える中、それを支えようとする動きが私立小学校でも始まっていることがわかった。一方で、そうした学校に入るための“小学校受験”は、親子二人三脚で準備しなければならないので、時間的制約がある共働き世帯には難しいとも言われてきた。
実際に受験を経験した母親たちからは、以下のような声が聞かれた。

・年中の秋から幼児教室、行動観察の教室に通い始め、年長から受験までは幼児教室に通う回数を週2~3回に増やし、送迎は主にわたしが行いました。
夫は月の半分を出張で不在にしていたため、長女の受験のサポートと下の子どもたちの世話の両立が大変でした。(長女6歳・次女4歳・長男3歳の母親・専業主婦)

・平日はほぼ毎日、保護者参観の幼児教室に通っていました。授業中はわたしもメモを取り、息子が何ができて何ができないのか、どうしてできないのかを把握し、家庭学習につなげる必要がありました。フルタイムで仕事をしながらの受験準備は難しかったと思います。(長男6歳・長女3歳の母親・自営業)

専業主婦と時間が比較的作りやすい自営業の母親でも、幼児教室への送迎など受験の準備には結構な時間をとられるようだった。

「今が“共働き世帯の小学校受験”の過渡期」

家庭での教育力が問われる小学校受験では、子どもと一緒にいる時間が長い専業主婦世帯が有利と思われる。だが、『小学校受験バイブル 賢い子育てをするために』の著者・二宮未央さんは、「一見、共働き世帯は不利に感じますが、意識と工夫次第で、働いていることをプラスにとらえることができます」と話す。二宮さんに詳しく話を聞いた。

ーーその理由は?

働く母親の強みは、子どもと直接的にかかわる時間が限られているからこそ、大事な肝をピンポイントで押さえて、小学校受験に臨めることです。
いかに子どもと密度の濃い時間を過ごすかを意識するだけで、子どもに与える影響は格段に変わっていきます。

近年、私立小学校側でも、共働き世帯の受験について理解が広がりつつあります。
夫婦で協力して子育てに取り組む姿勢はもちろん、日々の仕事を通じて得られる情報感度は、アピールポイントになります。


ーー共働きの増加により、私立小や受験に変化はあった?

聖心女子学院の「ジョアニークラブ」のように、学童保育を設置する私立小学校が増えてきたり、働く親の負担を考えて、PTA参加も強制ではない学校が出てきました。
受験専門の幼児教室でも、共働き世帯に向けたカリキュラムを組んでいたり、以前までの専業主婦主体の受験スタイルを覆す変化があります。
また、ここ数年、合理的な指導をする幼児教室が小規模ながら急成長しています。その要因の1つに、効率を重視する働く母親たちから支持されている点があるのではないでしょうか。

しかし、そうは言っても、共働き世帯が小学校受験をすることは、依然としてハードルが高いのが現実です。
塾では、母親がフルタイムで働いていることを全面的に主張しないよう指導されることもあります。
学校側も、多様な家庭のニーズに応えたい反面、保護者の学校教育への協力が必要なため、ジレンマが生じているのでしょう。
今が「共働き世帯の小学校受験」の過渡期にあると思われます。


ーー小学校受験を経験するメリットは?

小学校受験に挑むことは、単に学歴を与えることや子どもの知識を高めるにとどまらず、「人間力」を育むことにつながります。
小学校受験の対策を通して、意欲、協調性、忍耐力、粘り強さ、問題解決能力などを培うチャンスが得られるのです。
もちろん、小学校受験をしなければ人間力が培われないということでは決してありません。
しかし、忙しい日々を送る中、いつもそれを意識した子育てをすることは大変難しいです。そこで受験を1つの目標にすることで、子どもと直接かかわる時間が限られた働く母親であっても、「密度の濃い時間を子どもと過ごそう」という意識が生まれるのではないでしょうか。

また、願書制作や面接対策により、わが子の性格、将来像、わが家の教育方針などについて、夫婦間で深く話し合うきっかけにもなります。
多くの学びを得られる小学校受験の体験は、きっと親子共に成長のチャンスを与えてくれるでしょう。

共働き世帯にとって小学校受験は、選択肢の一つに入る時代になってきた。
働く母親が子どもの受験に寄り添うことは簡単なことではないが、「密に子どもと関わりながら学びを深められる時期は幼少期だけ」と、前述の二宮未央さんは指摘する。
多様な働き方が社会に浸透すれば、いま以上に小学校受験に挑戦することへのハードルは下がるのではないだろうか。

(執筆:清水智佳子)

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プライムオンライン編集部
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