お金のこと、健康…人生100年時代と言っても、不安なことはたくさんある。

しかし、自分の「家」についてしっかりと考えたことはあるだろうか。

約2300件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた賃貸トラブル解決のパイオニア的存在で『老後に住める家がない! 明日は我が身の“漂流老人”問題』(ポプラ新書)の著者である司法書士の太田垣章子さんは、高齢者の賃貸問題について警鐘を鳴らす。

資産があっても借りられない

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「持ち家」か「賃貸」か、近年論じられることが多いが、実は高齢になるにつれ、家を借りることができないという事実が待ち受けている。

今現在、賃貸物件の多くは70歳を超えると借りにくい現実がある。しかし、持ち家であってもこの現実に目を背けてはならない。

著書には福岡・博多に暮らす70代の元エリートビジネスマン夫婦の出来事が描かれている。夫婦2人一戸建てで暮らす中、老いを感じた夫は埼玉にいる娘の近くに行くことを提案し、妻を説得。福岡の家を残したまま、埼玉で駅近賃貸物件を探し始め、いくつか内覧希望を不動産会社に申し込むが、「年齢的に厳しい」と断られてしまう。

資産はそれなりにあったため、断られたことに衝撃を受け、人生初の屈辱を味わったという。資産があれば高齢でも安心、というわけでなく、「高齢」という理由だけでいくら資産があっても部屋を貸してくれないのだ。

こうしたことから太田垣さんは「一戸建てに住む人はファミリーが多く、高齢になり子どもが独立してマンションなどへ引っ越しを考えるようになるのですが、年齢で引っかかってしまう人が多くいます。一戸建ては年齢関係なく意思能力さえあれば売却できますが、部屋は借りられません。住む場所を確保できずに頭を抱える人が多いです」と明かした。

「孤独死」は最大のリスク

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なぜ、70歳を超えると家を借りにくくなってしまうのか。

そこには管理会社、家主双方の理由がある。家主は事故物件となり金銭的な被害を受けない限り、空室よりはいいと高齢者に貸し出すこともある。一方、管理会社は直接のトラブル対応を強いられることやしぶる家主を説得して高齢者を入居させても、何かあったときに自分たちの責任を問われたくない。そのため、若い人に優先的に貸してしまい高齢者が部屋を借りにくいという現実がある。

また、高齢者は他の入居者との生活サイクルの違いから生活音のトラブルや、耳が遠くなり大音量でテレビを見たり、音楽を聴いたり、「隣の人が部屋に入って物を盗んだ」などと勘違いで騒いだり、さまざまなトラブルがあるという。

中でも、「孤独死」は最大のリスクになる。太田垣さんも「風呂場で孤独死のあった物件で、すべてを変えても臭いが消えず、周囲の部屋の住人も引っ越してしまった結果、物件を取り壊したという家主もいます」と話すほど、部屋だけでなく物件に与える影響も大きい。

もちろん、入居者が孤独死を迎えても、家族がしっかりと対応すれば、家主もまだ救われる。しかし、最近は個人情報の観点から入居者の家族、相続人を探すことも困難になり、探し出しても知らない顔をされてしまうことも多く、そうした経験をした家主は「もう二度と貸さない」という思いに至るため、負の連鎖が止まらないのだ。

デメリットが大きいが、太田垣さんは「高齢者の入居はメリットもある」という。「一度契約すれば高齢者は長く住んでくれます。賃貸物件の平均は3年ほどだと言われていますが、入居者が出ていくたびに家主は広告宣伝料や壁紙などの貼り替えと出費が多くなります。それを考えると、長く住んでもらうことで家主の出費は削減できます」。

高齢者の賃貸トラブルの課題

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こうした高齢者の賃貸トラブルには考えていきたい課題もある。

まずは、賃借権の相続。例えば、賃借人が亡くなった場合、賃貸の解約手続きは賃借人の相続人になるため、家主は相続人を探し出して解約手続きをしなければならない。こうした事情から、特に身寄りのない高齢者に部屋を貸すことをためらってしまう家主も多いという。

契約時に賃借権を相続するか、亡くなったら契約を終了するか、と契約時に選択できる制度を設けることで、こうしたリスクが軽減できるのではないかと太田垣さんはいう。

また、入居者が家賃を滞納した場合、話し合いで解決できなかったときは、訴訟手続きで明け渡しの判決をもらい、強制執行の手続きで滞納者を強制的に退去させることができる。しかし、入居者が高齢者の場合、執行官がためらってしまうと執行されない場合も。そうなると、家主は部屋を貸しているのに家賃を払ってもらえないし、出て行ってもらえないという事態に陥ってしまうのだ。

さらに、入居者が部屋の家具類などを残したままいなくなってしまった場合、たとえ滞納をしていても賃貸借契約が続いている場合、家主は勝手に部屋に入ることもできず、荷物も処分できない。つまり、訴訟手続きで解決するしか道は残されていない。

司法書士・太田垣章子さん
司法書士・太田垣章子さん

太田垣さんは「諸外国に比べて何倍ものスピードで高齢化が進んでいるため、法整備もスピード感がなくてはいけません。国は民間の家主に甘えすぎていませんか?」と訴える。

日本では古い借地借家法がいまだ適用されているため、「賃借人保護」の意識が高い。賃借人より家主が裕福という考えが変わらずにあり、その考えは今の時代と沿わない。時代に合わせて、こうしたルールを見直す必要もある。

そして、多くの課題がある中で、もう一つのポイントとして太田垣さんは「日本人の自立」を挙げている。

「誰かがなんとかしてくれるだろうと思っている人が多いです。親自身も子どもがなんとかしてくれるだろうと。しかし子どもの数も少なく、子どもたちに任せるのは酷です。自分のことは自分で、という意識が必要です。定年を迎える際に、自分のライフプランを見直し、80~90歳になったときの月割りの費用や家のことを後回しにしないで考えてください」と自分で、夫婦で考えて準備しておくことが大事だとした。

こうした現状は民間の家主に背負わせることは非常に重く、高齢化が進み、高齢者の賃貸トラブルが今後増えてくることを踏まえると、早急な対応が迫られるのだ。

家主も家を貸すことはボランティアではなく、ビジネス。だからこそ、滞納している高齢者は退去してもらい、彼らを一時的に保護するようなシェルターを設けたり、高齢者に貸す場合は補助金を出すなど、家主が「高齢者に部屋を貸してもいい」と思えるような国の対応が必要なのかもしれない。


『老後に住める家がない!明日は我が身の“漂流老人”問題』(ポプラ新書)

太田垣章子
章司法書士事務所代表。登記以外に家主側の訴訟代理人として、延べ2300件以上の家賃滞納者の明け渡し訴訟手続きを受託してきた家賃トラブル解決のパイオニア的存在。著書に『2000人の大家さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド』(日本実業出版社)、『家賃滞納という貧困』(ポプラ新書)などがある。

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プライムオンライン編集部
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