そもそも奨学金とは

2020年4月から、給付型奨学金と授業料減免の大幅な拡充が始まります。政府の「高等教育無償化」を掲げた政策の一環として行われるものです。これまでの奨学金制度からかなり踏み込んだもので、教育政策の転換ともいえる大きな変化を迎えることになります。

そもそも奨学金には、「貸与型奨学金」「給付型奨学金」があります。日本で主流だったのは貸与型奨学金で、学生に学資金となるお金を貸して、卒業後には返してもらういわゆる“学生ローン”のことで、市中の金融機関よりも返済の金利を低く設定することで学生を優遇し、学びを奨励しようというものです。日本では独立行政法人日本学生支援機構を通じた貸与型奨学金の利用者がこの20年で3倍以上に急増し、年間130万人を超えました。近年はやや減少傾向にありますが、2018年度の利用者数は約127万人で、大学生のおよそ2.7人に1人が奨学金を借りている状況にあります。

一般的には、奨学金といえば返さなくてもよい給付型奨学金のイメージが強いため、2010年代に入ると、貸与型奨学金の滞納問題や、返済による若者の生活苦などが深刻な社会問題としてクローズアップされました。

給付型奨学金の大胆な対象拡大

日本には政府による給付型奨学金がない、貸与型奨学金に偏重しているという批判的な声が高まるなか、2017年に給付型奨学金制度が先行実施として初めて導入されました。この対象となるのは、生活保護世帯や住民税非課税世帯、児童養護施設等の入所者など社会的養護を必要とする人で、2018年の受給者は約2万人でした。貸与型奨学金の利用者が130万人近くであることと比べると、圧倒的に少ない状況ではありました。

2020年4月からの対象者拡充は、これらの状況を大きく変えることになります。対象者はこれまでの生活保護世帯や住民非課税世帯等に加え、一定の年収基準が下回る世帯も対象となります。たとえば、夫婦と子ども2人(本人と高校生)の4人世帯の場合、年収461万円未満が対象です。世帯年収の中央値は427万円(2018年)ですので、中央値よりやや高い層も対象となるところが拡大のポイントといえるでしょう。

また、給付額も大幅に増加します。第I区分(4人家族の場合の年収295万円未満)の場合、私立の自宅外通学で月75,800円、自宅通学で38,300円、国公立の自宅外通学で66,700円、自宅通学で29,200円です。年収によって第Ⅱ区分(年収395万円未満)、第Ⅲ区分(年収461万円未満)と区別され、給付額が異なります。一番低い場合が、第Ⅲ区分の国公立自宅通学で9,800円です。

さらに授業料の免除・減額制度も充実します。これまで国公立大学を中心に授業料減免制度がありましたが、私立大学や専門学校等にも大幅拡充されます。たとえば私立大学であれば上限70万円まで授業料が減免されます。世帯年収によって、減免額は異なりますが、第Ⅲ区分でも上限額の3分の1は授業料が減額されます。

実際の利用開始は4月からですが、2020年度予算では約51万人の利用、約4880億円の予算案計上で調整されています。これまでの給付型奨学金の受給者数が2万人ですので、対象者が一気に25倍にもなることになります。貸与型奨学金利用者の127万人と比べても遜色ない人数です。人数も免除も部分的ではあるので、まだ「高等教育無償化」とは言い切れないにしても、これまでにない大胆な政策だといえます。

奨学金を借り、返している当事者だから実感すること

本山勝寛さん

私は子どもの頃、親が低所得の貧困家庭で育ちました。国立大学である東京大学に通い、4年間授業料全額免除されていました。貸与型奨学金は日本学生支援機構から月4万7000円、地元自治体から月3万円、合計7万7000円借り、当時は政府の給付型奨学金はなかったので民間財団の給付型奨学金を月3万円いただいていました。これに加えてアルバイトによる収入で、大学時代の家賃と生活費、交通費、教材費などを賄い、家にも仕送りをしていました。給付型と貸与型の両方の奨学金によって、大学に進学し勉学に励むことができ、現在は日本財団で子どもの貧困対策事業の責任者を務めています。奨学金のおかげで今の自分があると感じており、感謝の気持ちしかありません。

貸与型奨学金については、今も毎月の返済を続けています。率直なところ返済は苦しいですし、特に所得が上がる前の20代は苦労しました。結婚するときに数百万円の「借金」を抱えていることへの負い目も感じてきました。私だけでなく、若年層の多くが貸与型奨学金の借金によって結婚をためらっている現状があると聞きます。少子化問題の最大の要因が非婚化、晩婚化であることを考えると、奨学金の返済が、若年層の経済的負担や、多額の借金を抱えているという心理的負担となり、少子化の要因になっているとも考えられます。

給付型奨学金と大学授業料減免の大幅拡充により、2020年以降に大学生を迎える世代の低所得層には大きな恩恵が始まります。一方で、2020年以前の世代は貸与型奨学金の返済を今も続けていることに何の変化もありません。また、給付型奨学金が導入されたとしても、貸与型奨学金の利用者は激減するわけでもないでしょう。

多くの現役世代が対象となる「奨学金減税」を

総合的に考えると、私は、貸与型奨学金の毎年の返済分を、所得税や住民税の所得控除に算入できるようにする「奨学金減税」を提言したいです。奨学金返済の重荷に苦しみながらも、なんとか毎月返済をしている人に対して、その一部でも負担軽減を行うとともに、継続的に返済するインセンティブにつながる制度となります。たとえば、月に3万円返済していたら、年に36万円で、これは配偶者控除に近い額となります。所得税率10%なら3万6000円の減税、さらに住民税10%分も控除され3万6000円、合計で7万2000円の減税となります。

奨学金減税によって、実際の経済的な返済負担だけでなく、気持ちの部分でも軽くなることで、結婚や出産の障壁が低くなり、一歩を踏み出す後押しになるでしょう。現在も貸与型奨学金を返済中の方は426万人(2017年度時点)にのぼり、さらに今後も増えていきます。結婚、出産を迎える現役世代のボリュームゾーンが奨学金返済者と重なるわけです。結果的に奨学金減税は少子化対策にも有効になりうると考えます。

有効な施策を特定し大胆な政策を

教育や子ども関連施策に公的支出を増やし、大胆な投資をすること自体は非常に重要なことだと考えます。そういった意味で、給付型奨学金の拡充は大きな前進だといえます。しかし一方で、日本政府の予算には限りがあるので、投じた費用がどの程度社会的なインパクトをもたらすのか、様々な施策のなかで何が最も有効でコストベネフィットが高いのか、貧困世帯の子どもにとってどのタイミングでどういった支援が最も求められているかなど厳密に検証する必要があります。授業料減免や給付型奨学金で大学や専門学校に進学できたとしても、すべての高等教育機関で良質な教育を受け、これからの時代に必要な力を習得できるのかどうか精査も必要でしょう。

予算には限りがあるので、闇雲に高等教育を無償化すればよいというものではありません。目的が受益者となる対象者を拡大し、少子化対策に有効としたい場合は、奨学金減税が現役世代もカバーすることから効果が期待できます。

また、子どもの貧困対策という目的であれば、貧困世帯の場合は大学進学を考える以前に、そもそも勉強についていけなかったり、幼少期から生活習慣や学習習慣が身についていなかったりする子どもの割合も多い傾向にあります。小学生低学年など早い段階から生活習慣や学習習慣の定着支援などを行うことも必要です。そういった観点から、日本財団では全国の自治体やNPOと連携して子どもの「第三の居場所」を運営しており、その効果も研究機関と厳密に検証しています。

少子化対策や子どもの貧困、目的を明確にし、何が本当に有効な施策なのか検証し、特定したうえで、大胆な政策を打ち出すべきでしょう。私たちはいま、少子化と子どもの貧困という、「二重の国家的危機」に立たされています。未来に向けて何に投資するのか、あるいは何もしないのか、その打ち手によって未来は変わります。

『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』(ポプラ新書)

執筆:本山勝寛
東京大学工学部システム創成学科卒業。ハーバード教育大学院国際教育政策専攻修士課程修了。本山ソーシャルイノベーション塾(MSI塾)塾長。著作家。日本財団子どもの貧困対策チームチームリーダー兼人材開発チームチームリーダー。著書に『16倍速仕事術』(光文社)『最強の独学術』(大和書房)、『今こそ「奨学金」の本当の話をしよう。』(ポプラ新書)など学びの革命をテーマにした著書や『そうゾウくんとえほんづくり』(KADOKAWA)も。

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