2020年の東京オリンピック・パラリンピックまであと2年。

7月1日に放送された「ジャンクSPORTS」(フジテレビ系列)では、東京パラリンピックで活躍が期待されるアスリート8人が集合し、パラアスリートが競技をする上で欠かせない道具"スペシャルギア"について語った。

進化が"半端ない"スポーツ義足

舞い上がるようなジャンプが魅力の走り幅跳び・山本篤選手。

高校生の時に事故で左足を失った山本選手は、19歳の時に陸上競技と出会った。持ち前の身体能力でトップ戦線に食い込み、2008年の北京パラリンピックでは、陸上男子走り幅跳びで銀メダルを獲得。

さらに、2018年の平昌パラリンピックでは、スノーボードで日本代表として出場を果たした“二刀流”のパラアスリートだ。

そして、義足選手では世界で2人目の走り高跳び2メートル超えの記録を持つ、日本初の義足のハイジャンパー・鈴木徹選手。

18歳の時に事故で右足を失うも、競技を始めてわずか1年で2000年のシドニーパラリンピックに出場。その後、鈴木選手はパラリンピックで5大会連続の入賞を果たしている。

山本選手と鈴木選手にとって「相棒のような存在」だというスポーツ義足は、進化が"半端ない"ようだ。

歴代のスポーツ義足がスタジオに登場し、山本選手と鈴木選手がその変遷を解説した。

1935年に製造された義足は、ひもを肩にかけて義足を支えるもので、鈴木選手は「ちょっとしたバッグ感覚」と表現。

1980年代製造の義足では金属が使われてバネも加わり、膝が曲がるようになった。

そして、2000年代製造ではカーボンが使われ始め、ハイテク技術を駆使して軽量化された義足は『チーター』と呼ばれ、パラ競技界に革命を起こしたという。

さらに山本選手と鈴木選手はスタジオで実際に使用している義足を装着し、自身の競技を支えている"相棒"を披露した。

攻撃性UP!100万円の特注シート

数ある車いす競技の中で唯一タックルが許されている「ウィルチェアーラグビー」。

激しさゆえに別名"マーダーボール(Murder ball)"、日本語では"殺人球技"の異名を持つ、この荒々しい競技は手足に麻痺のある人が対象。

バスケットボールと同じ広さのコートで1チーム4人で対戦する。

池崎大輔選手は、2016年のリオパラリンピックで銅メダルに導いた日本チームのエースだ。

6歳の時に手足の筋力が徐々に落ちていく難病に侵された池崎選手。

3人の子どもの前では優しい父親だが、ひとたびコートに立つと、突破力のあるスピードと相手から受けたタックルは100倍で返すという負けん気の強さを持っている。

池崎選手はもともと高校生の時、車いすバスケットボールをしていたこともあり、車いすバスケットボールの藤井新悟選手とも対戦したことがあるという。

現在、所属しているクラブチームから誘われ、「自分の性格に合っている」とウィルチェアーラグビーを始めた池崎選手の"スペシャルギア"は、100万円もする車いすのバケットシート。

バケットシートとは体の固定機能を高め、操作性や安定性を向上させるシート のこと。身体の作りに合わせた特注のバケットシートは少しの動きにも車いすが反応し、攻撃性が増すという。

そのこだわりのバケットシートを備えた車いすで、池崎選手が普段行っているという"ぶつかり稽古"をスタジオで実践。

好奇心旺盛なスノーボードの成田緑夢選手や番組スタッフが乗る車いすに、池崎選手が順番にタックルをしていき衝撃を体験。

車いす同士がぶつかり合う音と突進してくるような迫力のある池崎選手のタックルに、成田選手は言葉を失い、その衝撃に驚いていた。

葛飾北斎が筋斗雲に!?

流れのない川や湖で行われる200mのスプリントレース・パラカヌー。

"水上のF1"とも呼ばれるこの競技で、2016年のリオパラリンピック8位入賞を成し遂げたのが、カヌー日本代表の瀬立モニカ選手。

15歳の時に運動中の事故で転倒して車いす生活になってしまった瀬立選手は、「怪我をする前にカヌー部に所属していて、2020年の東京大会が決まった時にカヌー協会から連絡がきた」ことでカヌーを始めたという。

そんな瀬立選手が明かした失敗談は、"スペシャルギア"であるカヌーに関すること。

カヌーのデザインは自由に決めることができるため、初めて出場したリオパラリンピックの際に、カヌーをカッコよくしたいと思った瀬立選手。

葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」のようなダイナミックな波と桜を散りばめたいと、和風なデザインをポルトガルの会社に発注した。

しかし、出来上がったカヌーのデザインは、発注したデザインとは違いダイナミックな波が筋斗雲になっていた。

予想外の出来栄えに驚いた瀬立選手が文句を言ったところ、「ポルトガル人の限界」だと言われたので諦めてしまったという。

70歳の「バタフライマダム」の"スペシャルギア"

時には時速100キロの打ち合いにもなるというパラ卓球。

その中で一際目立つのは、パラリンピックに4大会連続出場している、現在70歳の別所キミヱ選手。

42歳の時に仙骨巨細胞腫という腰骨を支える骨がガンになったことで車いす生活に。

2人の息子に支えられ、全く経験のなかった卓球を始めた別所選手の現在の世界ランキングは4位だ。

「年齢が上がるたびにランクが上がっちゃう。ここぞというときに勝っちゃう」と話す別所選手の"スペシャルギア"は、幸せを運ぶという意味があるバタフライ(蝶々)。

「試合の時に蝶々のように嫌らしくネットのところに(ボールが)落ちてほしい」という願いが込められているようで、勝利を呼び込む蝶のアクセサリーを身に着けていることから、別所選手は『バタフライマダム』と呼ばれるようになった。

そんな別所選手は「下着」が試合に不可欠なもう一つのギアだと恥ずかしそうに明かし、MCの浜田雅功さんを困惑させていた。

勝負パンツの色は紫だという別所選手は「若い時はオシャレでひもパンツを履いていたんです。ひもパンツを履くことで、若い時の(自分を思い出して)歩いている感覚で、お尻が軽やかになるから試合の前の日から履いて寝る」と打ち明けた。

さらに、「今日も履いてきました!」と告白する別所選手に、浜田さんも思わず苦笑し、スタジオを沸かせた。

さまざまな競技での活躍が期待され、メダルを目指して日々努力を重ねているパラアスリートたち。

2020年東京パラリンピックも見逃せない。

『ジャンクSPORTS』毎週日曜日夜7:00~7:57放送