アメリカのバイデン大統領は7月初旬、8月末までにアフガニスタン駐留米軍の撤退を完了させると発表した。バイデンは米軍撤退後もテロリストがアフガニスタンを支配するのは許さない、タリバンにもテロリストがアフガニスタンから米や同盟国を脅かすことは許さないという約束は守らせると演説したものの、その実効性は既に危うい。

米軍が撤退した後のバグラム空軍基地
米軍が撤退した後のバグラム空軍基地
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米軍撤退後タリバンが全土を支配か

タリバンは7月に入り、アフガニスタンの国土の85%を支配したと発表、続いて7月末にはロシアの通信社に対し「アフガニスタンのタジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、イランとの国境、つまり国境の約90%は我々の支配下にある」と語った。これらの信憑性は定かではない。しかし米軍のミリー統合参謀本部議長は7月末、タリバンは421あるアフガニスタンの行政区のうち半数を支配していると述べた上、軍事的な勢いはタリバンの側にあるとも認めている。

タリバンの攻勢は誰の目にも明らかであり、アフガニスタン政府軍には十分な力が備わっているという米軍撤退の条件自体が疑わしい。米当局には米軍撤退後、半年から1年後にはタリバンが全土を支配するだろうという見方もある。

タリバンの目標はアフガニスタン全土のイスラム法による統治である。これについてはタリバン自身が公式に何度も宣言している。彼らが認める統治体制はイスラム法による統治のみであり、それが実現されたときに初めてアフガニスタンに「平和」が訪れると主張する。戦争がないことが平和だ、という一般的な平和概念とタリバン的な「平和」概念は明らかに異なる。

タリバンは「我々の支配領域では『イスラム国』の台頭は許さないと保証する」と主張し、あたかも米当局との約束を守っているかのように装っているが、タリバンと「イスラム国」はイスラム法による統治を目指すという目標も、また武力によってそれを実現させるという手段も本質的に同じである。

タリバンは新しく支配下においた地域において既に、男性に対してはヒゲを剃ることを禁じたり、女性に対しては親族男性の同伴なしの外出を禁じたりしている。在アフガニスタンのオーストラリア大使館が入手したビデオには、タリバン兵がアフガニスタンの一般人の男女を殴ったり、鞭で打ったり、処刑したりしている様子が映されていた。またジハード(聖戦)により新たに支配下においた地域の有力者に対し、15歳以上の少女と45歳以下の未亡人のリストを提供するよう命じたとも伝えられている。ジハードで支配下においた人々のうち、女性を「戦利品」として奪い「性奴隷」にするのもイスラム法の規定だ。

タリバンから逃れる為に、トルコに渡るアフガニスタンの移民たち
タリバンから逃れる為に、トルコに渡るアフガニスタンの移民たち

タリバンを「国際社会の一員」と主張する国々

しかしこうしたタリバンを「国際社会の一員」として迎え入れなければならないと主張する国々もある。イランや中国、ロシアなどだ。

イランは7月、タリバンとアフガニスタン政府の代表をテヘランに招き、両者ともに交渉による解決を望んでいるという共同声明を出した。イランの識者の中には、タリバンはかつてのタリバンとは異なり優れて政治的存在となったのであり、世界と交流し、地域諸国と協力しなければならないことを理解していると主張する人もいる。

タリバンはロシアの特使とも会い、国境を越えて侵攻するつもりはなく中央アジア諸国を脅かすことはないと伝えた。

中国が狙うアフガニスタンの鉱物資源

タリバンは中国当局とも非公式会談を行い、中国はパキスタンを通してタリバンに資金を提供しアフガニスタンの破壊されたインフラ再建に協力する旨で合意したとも報じられている。中国が見返りとしてタリバンに要求しているのは、ウイグル人テロ組織への協力を断つことだ。アフガニスタンは中国とも国境を接しており、国境地域はウイグル人テロ組織の潜伏拠点のひとつだとされている。中国は推定1兆ドルを超える価値があるとされるウラン、リチウム、銅、金などアフガニスタンの鉱物資源を狙っているとも言われている。

タリバンのムラー・アブドゥル・ガニ・バラダル政治責任者と王毅中国国務院議員兼外相
タリバンのムラー・アブドゥル・ガニ・バラダル政治責任者と王毅中国国務院議員兼外相

タリバンは既にアフガニスタンの支配者であるかのように振る舞い、「外交」を行い、それを受け入れる国も出始めている。

米軍撤退後、武力によってタリバンがアフガニスタン政府軍を倒しアフガニスタン全土を支配下においた時、日本は果たして彼らを「正当な統治者」として受け入れるべきなのか。それとも民主主義や人権といった近代的価値を認めないテロ組織として、断じてその正当性を認めないという確固たる姿勢を示すのか。

日本という国の「価値」が問われる局面も遠くはない。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。