東日本大震災の津波で被災した岩手・陸前高田市の高田松原海水浴場は、7月17日、11年ぶりの海開きを迎えた。

誰もが待ち望んだ再開。

ひときわ海を愛する監視員の男性の思いを取材した。

子供から大人までにぎやかな声が響く砂浜。

7月17日、高田松原海水浴場に、11年ぶりに多くの海水浴客の姿が戻ってきた。

訪れた子どもは

「海がきれいで気持ちよかった」

「波に流されていきます」

事故などが起こらないよう見守る監視員。

その1人、阿部由男さんは、唯一震災前からここで働くベテラン。

特別な思いで海開きを迎えていた。

監視員 阿部由男さん

「子供たちがその辺で砂に穴を掘って遊んでいるのを見ると、また監視をするシーズンが来たなと。のどかな、すごくよい感じでスタートしたと思う」

若い頃からサーフィンが趣味の阿部さんが、監視員を引き受けたのは海への感謝の思いからだった。

監視員 阿部由男さん

「ずっと海にお世話になってきたので、せっかくだからお手伝いしましょうかと」

阿部さんが20数年前から監視員を務めてきた高田松原。

震災前、松7万本と砂浜が織りなす景色はまさに「白砂青松」。

日本百景にも選ばれ毎年夏には県の内外から多くの人が訪れていた。

しかし…

陸前高田の街に壊滅的な被害をもたらした東日本大震災で、松はわずか1本を残し流出。

津波と地盤沈下により砂浜も9割が消え、変り果てた姿となった。

多くを奪い去った海に阿部さんも大きなショックを受けたと言う。

監視員 阿部由男さん

「震災当初はしばらく海のことを忘れて過ごしたいと。足が海に向かなかったのは確かです」

それでも街の誇りだった松原を取り戻すために、地元の人やボランティアは再び松の植樹に取り組んできた。

さらに県も砂浜の再生事業を行い、震災から10年の2021年、ついにそのどちらもが完了した。

こうして迎えた海開き。

みんながこの日を心待ちにしてきた。

陸前高田市 戸羽太市長

「陸前高田がよみがえった。岩手の湘南が帰ってきたとそういう日だと思っている」

震災以前の松原を記憶にとどめる人も、その後に生まれこれからの景色を見て育つ子供たちも。

海には再び人々の明るい笑顔が戻ってきた。

大船渡の高校生

「1回だけ遊びに来た記憶がある。これから少しずつ松が育って昔の高田松原ができればよい」

(Q.海で遊ぶのはどう?)

地元の小学生

「楽しい。あと100回くらい来たい」

子供の母親

「毎年たくさん遊んだという思い出を残してあげたい」

11年ぶりに監視員に復帰した阿部さん、一番に考えるのはやはり安全。

避難誘導などの準備もしっかり整えている。

監視員 阿部由男さん

「地震でも津波でも全部(海水浴客を)一度陸に上げる。津波となった場合にはいち早く避難してもらう」

「若い人たちに今までのことを教えて安全な高田松原を運営していきたい」

一度は離れた海、それでもやはりともに生きる場所。

監視員 阿部由男さん

「心の中では波に乗っている思いがある。ずっとやってきた人は、また よい波に乗りたいと思うはず。海はいいね」

名勝 高田松原。

その景色はまだ元の通りではないが、これから先、再び人々に思い出をもたらしていく。