反省もしない加害者を許すことができますか?」

2019年、東京・池袋で車を暴走させ、松永真菜さん(当時31歳)と莉子ちゃん(当時3歳)を死亡させた罪に問われている、旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三被告(90歳)。

松永真菜さんと莉子ちゃん
松永真菜さんと莉子ちゃん
この記事の画像(8枚)

きょうの裁判は、黒のスーツに身を包み、マスクを着け、車椅子で入廷した飯塚被告に対し、被害者参加制度を利用して参加した真菜さんの遺族らの意見陳述から始まった。

「飯塚さん。あなたも人の子なら、車のせいにせず、自分が犯した罪に向き合ってください。あなたのお子さんやお孫さんに同じことが起きたら、反省もしない加害者を許すことが出来ますか?被告人には刑務所に入ってほしいです。刑務所の中で反省する時間を持ってほしいからです。どんな刑罰になっても真菜も莉子も戻ってきませんが、せめて反省だけでもしてほしい。それが私の願いです」

真菜さんの父親が涙を流しながら法廷で被告に訴えたのを皮切りに、代読を含む遺族7人の意見が述べられた。

飯塚被告に対し、真菜さんの遺族が意見陳述
飯塚被告に対し、真菜さんの遺族が意見陳述

夫・拓也さん「2人の生きていた姿を想像してほしい」

意見陳述の最後に、真菜さんの夫・松永拓也さんが証言台に立ち、涙をこらえこう切り出した。

「私は真菜の夫であり、莉子の父である、拓也です。あの事故で1人残されました。」

それまで、じっと拓也さんを見つめていた飯塚被告だが、拓也さんが語り始めると、ふと視線を落とした。
どんな気持ちで視線を落としたのか、聞けることなら理由を聞いてみたい。

拓也さんが語り始めると、飯塚被告は視線を落とした。
拓也さんが語り始めると、飯塚被告は視線を落とした。

拓也さんは去年の年末から意見陳述を準備し始めた。
一行書いては涙が止まらなくなったという。
それでも筆を進めたのは、「事故は車のせい」と一貫して無罪を主張する飯塚被告に「2人の生きていた姿を想像してほしい」という強い思いからだった。
そして、二度と同じような事故が起きてほしくないからだ。

松永拓也さん:
「私が仕事に行っている間、公園に行ったり、買い物に行ったり、全て一緒でした。私がなぜ知っているかというと、真菜が育児日記を書いていたからです。『お父さん、と初めて言えた』『初めてトイレが出来た』など、莉子が産まれてから1000日以上の記録です。この育児日記は、真菜の人柄と莉子への愛が詰まった私の宝物で、2人の生きた証です」

事故がなければ、育児日記が1500日、3000日と続いていたのかもしれない。
真菜さんはもっと書き続けたかっただろうし、莉子ちゃんが大人になった時、真菜さん、拓也さんと一緒に読み返す日が来ていたのだろうかと考えると胸が詰まる。

松永真菜さんと莉子ちゃん
松永真菜さんと莉子ちゃん

自分の主張にのみ固執している」と厳しく指摘

遺族の意見陳述のあとに行われた検察側の論告では、事故の原因に関して
「飯塚被告がブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込み、そのままアクセルペダルを踏み続けたことによる」と断定した上で、
①車両に異常があったことをうかがわせる物理的痕跡や故障コードが存在しないこと
②事故時にブレーキペダルが踏まれておらず、アクセルペダルが踏まれていたことを推認させる状況等があること
③車両の加速進行状況は、アクセルペダルのみを踏み続けて実施した現場走行実験における走行状況と整合すること
④ペダルを踏み間違えたことをうかがわせる痕跡があること
の4点を根拠として示した。
また「ご遺族や被害者らを傷つけ、苦痛を与え、絶望すら与えていることに思いを致さず、自分の主張にのみ固執している様は、強い非難に値する」とも厳しく指摘。

「自分の主張にのみ固執している」と検察は指摘した。
「自分の主張にのみ固執している」と検察は指摘した。

飯塚被告に対して、過失運転致死傷罪での法定刑の上限となる禁固7年を求刑した。
禁固7年を求刑された際、飯塚被告の表情はそれまでと変わらなかった。

検察官の論告が続く間、飯塚被告は下をうつ向きながら話を聞き、時折、頭を上げ検察官の方を向いて話を聞いていた。
傍聴席からは「飯塚(被告)、寝てるんじゃないよ」といったヤジが飛び、裁判長が「静かにしてください」と一時中断する場面も。

求刑された際、飯塚被告の表情は変わらなかった。
求刑された際、飯塚被告の表情は変わらなかった。

裁判長から「最後に言っておきたいことは?」と問われた飯塚被告。
車椅子を押されながら証言台に向かい、男性2人に抱えられながら立ち上がり、
「被害者、親族のお気持ちを思うと心苦しい思いでいっぱいです」と話した。

しかし、アクセルとブレーキの踏み間違いに関しては、「踏み間違えた記憶が全くないと裁判を通じて話をしましたが、今もそう思っています」とした上で、「もう少し早く運転をやめていればと反省しています」「2人が亡くなったことを本当に本当に申し訳なく思います」と反省と謝罪の言葉を口にした。

飯塚被告は最後まで変わらず淡々と述べ、裁判は締めくくられ結審した。

「憤りを越えて、ただただ刑務所に入るべき」

裁判後に開かれた会見で拓也さんは、意見陳述を書くのは「苦しい時間だった」と振り返った。
2人と過ごした日々を思い出すのは、2人の死と向き合う時間ともなったからだ。
意見陳述を書いても、命が戻るわけではない。
それでも、やってよかったと思える日が来るのではないか、と前を向いた。

裁判後の松永拓也さん「苦しい時間だった」
裁判後の松永拓也さん「苦しい時間だった」

松永拓也さん:
「本当にここまで来るのは長かったが虚しさ、やれることはやったという複雑な感情で今います。やってよかったと思う。(飯塚被告は)最後まで自分は悪くないと変えなかったので本当に残念。憤りというか、超越して、ただただあの人は刑務所に入るべきだと。そうじゃないと変えられないと今は思う。裁判所には公平で公正な判断を下してほしい」

松永拓也さん:
「2年3ヶ月。長かった。ただ、振り返ると長いようでもあり、あっという間でもある。やっとここまで来ましたから9月いよいよ判決なので判決をしっかりと、心が乱れているが、安定させつつ、判決を待ちたい」

遺族にとっても一つの節目となる判決は、9月2日に言い渡される。

(執筆:フジテレビ社会部司法クラブ担当 長谷川菜奈ほか)

社会部
社会部

今、起きている事件、事故から社会問題まで、幅広い分野に渡って、正確かつ分かりやすく、時に深く掘り下げ、読者に伝えることをモットーとしております。
事件、事故、裁判から、医療、年金、運輸・交通・国土、教育、科学、宇宙、災害・防災など、幅広い分野をフォロー。天皇陛下など皇室の動向、都政から首都圏自治体の行政も担当。社会問題、調査報道については、分野の垣根を越えて取材に取り組んでいます。