韓国国防部が主張する「威嚇飛行」の不可思議

1月23日、韓国国防部は東シナ海の暗礁「離於島(イオド)」近海で、海上自衛隊のP-3C哨戒機が、韓国海軍駆逐艦「大祚栄(テジョヨン)」に高度約60~70m、距離0.3マイル(=約540m)で接近、「威嚇飛行」をしたので「糾弾する」と発表した。
そして翌24日に、その論拠として「大祚栄」から撮影された映像を静止画にしたとされる画面など、5枚の画像を公開した。

韓国国防部が公開した画像
韓国国防部が公開した画像
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興味深いのは、海上自衛隊のP-3Cの機体が映っている画像には、海面が映っていなかったこと。従って、これらの画像が「高度60~70m」であることを明示するものであるかも分からなかった。
日本政府は「適切な飛行だった」と説明したが、25日、韓国メディアによると、韓国外交部は駐韓日本大使を外交部に呼んで、遺憾の意を表明したという。

韓国国防部が公開した画像
韓国国防部が公開した画像

公開された画像の中には、“レーダー画面”と称するものもあり、数値が映っていた。前述のとおり、韓国国防部は日本の哨戒機が、540mまで接近したと主張し、レーダー画面らしき画像には高度を示しているのか、200フィート(≒60.96メートル)と切りのいい数字が示されていた。

そして、同じ画面の左上に「31 59. 9N 123 42. 6E」と緯度・経度らしき数字も書かれていた。これが大祚栄の位置なのだとすると、韓国の駆逐艦テジョヨンが近くにいたとされるイオドから、約138kmで、中国の上海沖の位置となる。

韓国のハンギョレ新聞(1/23付)によると、駆逐艦「テジョヨン」はイオドから、ほぼ南西に131km近辺にいたと図示されていた。イオドからの角度が一致するならほぼ誤差の範囲だろう。
ただ、海面や比較対象物が映った画像があれば、もう少し推測はできるのかもしれないが、このレーダー画面らしきもののどこを見れば、距離0.3マイル(≒540メートル)と割り出せるのか、浅学菲才の筆者には分からなかった。

韓国国防部が公開した画像
韓国国防部が公開した画像

日・韓以外の政府や軍に、韓国の意見を受け入れさせることが出来たかどうかは不明だ。1月25日現在、日本とも韓国とも同盟国である米国も、この件に関し何らかの介入を図ろうとしているようには、少なくとも表面上は見えない。
だが、いわゆる火器管制レーダー照射事案以降、気がかりな米軍の動きはある。

「U-2S高高度偵察機」の嘉手納飛来

着陸するU-2S
着陸するU-2S

沖縄のフォトジャーナリスト、久場悟氏によると、23日、計3機の米空軍U-2Sドラゴンレディ高高度偵察機が、嘉手納に着陸した。
機首のASARS2Aレーダーが、前方に長く突き出しており、全長19.2mの細い機体に、幅32mの細長い主翼が特徴だ。着陸の際には、胴体の下・前後に車輪が出て、着陸する。直線2か所で支えているため、機体が停止すると、片側の主翼端が地面についてしまう。

U-2Sの尾翼
U-2Sの尾翼

また、ドラゴンレディは訓練用を除き、全部で26機(2015年現在)。垂直尾翼の「BB」は、米カリフォルニア州のビール空軍基地に所属していることを示している。

この日、最後に嘉手納の滑走路に姿を見せた機体の背中には、大きな涙滴型の構造体が、立っていた。これは、ドラゴンレディが収集した膨大なデータをリアルタイムで、軍用通信衛星に送付するためのアンテナだとみられている。

3人がかりでポゴを取り付ける
3人がかりでポゴを取り付ける

停止したドラゴンレディは、急いで滑走路から移動させなくては、次の飛行機の発着に邪魔となる。そのため、右主翼と地面の間をあけようと3人の兵士が片方の主翼によじ登る。大の大人が3人がかりでシーソー(?)をしているわけではない。車輪付きのバネ脚“ポゴ”を、主翼に取り付けようとしているのだ。
片方の主翼にポゴを取り付けたら、反対側の主翼の下にも、ポゴを取り付けて、集まった兵士やクルマは去っていく。

ポゴを取り付けたU-2S
ポゴを取り付けたU-2S

ドラゴンレディは、なぜ韓国ではなく日本に?

嘉手納基地にドラゴンレディが姿を見せたのは、2017年6月以来。極東では、韓国のオサン基地に、数機のドラゴンレディが分権隊として派遣されているが、2017年にはオサン基地の滑走路修理のため、一時的に嘉手納に展開した。

今回の飛来については「日米共同演習コープノース参加」や「東南アジアでの航空ショーに参加」等の説明があったとされるが、なぜドラゴンレディの展開場所がオサン基地でなく、嘉手納でなければならないのかは、いまひとつ釈然としない。
2000年以降の「コープノース・グアム」演習に、U-2Sが参加したことはなく、本当に参加すれば、今回が初めてとなる。

RC-12X電子偵察機の横田・厚木飛来

ドラゴンレディは極東に展開する場合、前述のとおり、韓国内のオサン基地が主だったが、1月6日に横田基地に初めて姿を見せた、米陸軍の電子偵察機、RC-12X(T)ガードレイルも韓国の平沢基地に展開する。

1月22日に横田へ飛来したRC-12X(撮影:SPAR65さん)
1月22日に横田へ飛来したRC-12X(撮影:SPAR65さん)

フジテレビのインターネット番組「能勢伸之の週刊安全保障」の視聴者、SPAR65さんと航空軍事評論家の石川潤一氏によると、RC-12X(T)より能力が高いRC-12Xが、1月22日に横田基地、そして同型の別の機体が、23日に厚木基地に飛来していたという。

1月23日に厚木へ飛来したRC-12X(撮影:SPAR65さん)
1月23日に厚木へ飛来したRC-12X(撮影:SPAR65さん)

米朝首脳会談が2月に迫る中、米軍は北朝鮮軍の動向や、核・ミサイルについての情報は、細大漏らさず必要なはずだろう。そのためには、これまで同様、韓国内の基地からしっかりと運用したほうが自然ではないだろうか。もちろん、北朝鮮以外の情報も収集しなくてはならない状況なのかもしれない。

26日に横浜へ寄港したハワード・O・ローレンツェン(提供:Hirotoshiさん)
26日に横浜へ寄港したハワード・O・ローレンツェン(提供:Hirotoshiさん)

さらに26日には、視聴者の「Hirotoshi」さんが送付してくれた画像によると、横浜港に米空軍の配下にある巨大なコブラキング・レーダーを搭載したMSC=米軍事海上輸送コマンドの弾道ミサイル発射監視船「ハワード・O・ローレンツェン」が入港していた、という。

米軍の行動が示す日・韓との距離

U-2Sドラゴンレディも、RC-12Xガードレイルも、ハワード・O・ローレンツェンも共通しているのは、米軍の中でも極めて機微なセンサーや伝送装置を搭載した装備だが、自己防御用のミサイルや機関砲を一切、搭載していないということ。
つまり、丸腰の重要装備だ。従って、こうした装備の動向に米軍は、かなり神経を使うはずだ。

駆逐艦「クァンゲト・デワン」
駆逐艦「クァンゲト・デワン」

米国からすれば、日本も韓国も同盟国だ。昨年のいわゆる韓国海軍駆逐艦「広開土大王」(クァンゲト・デワン)火器管制レーダー照射事案以降の日韓のギクシャクした状態の中、米軍は例えば、韓国軍統合参謀次長ウォン・インチョル中将ら高官を招待して、日本国内の国連軍視察として、横須賀でイージス駆逐艦バリーを1月15日に視察させた。

このように、米軍が、韓国軍幹部に、日本の重要性を認識させようとしたのではないかという形跡はあったが、表立って日韓関係を仲介しようとしているような素振りはみえない。ただ、米朝首脳会談を前に、本来なら韓国を足場に、じっくり活動するのが当然と考えられる。

丸腰の米軍の重要センサー装備が、次々に日本に来ているということが、何を意味するのか。韓国国防部の“軍事のプロ”であるはずの面々が、どのように分析しているのか、興味深いことではある。

【動画】「能勢伸之の週刊安全保障」(1月26日配信)を見る

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能勢伸之
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フジテレビ報道局上席解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。