プロ野球の日本ハムで監督を務めた大島康徳さんが亡くなっていたことがわかった。
70歳だった。

大島さんは、1969年に中日ドラゴンズに入団。

若手の頃は代打で勝負強さを発揮し、1976年にはシーズン代打ホームラン7本の日本記録を樹立した。

その後、日本ハムに移籍したあとには2,000本安打を達成。

日本ハムでは監督を務めた。

大島さんは、自らのブログで、大腸がんをわずらい闘病していることを明らかにしていたが、6月30日に都内の病院で亡くなった。
70歳だった。

通夜や葬儀は故人の遺志により、近親者のみで行われたという。