金正男氏暗殺の実行役として利用されたインドネシア人のシティ・アイシャ元被告がFNNの取材に、事件に巻き込まれた一部始終を語った。アイシャさんの勧誘役で「日本人」を名乗った北朝鮮工作員ジェームスは、撮影の合間に彼女を励ましたり、冗談を言ったりして、アイシャさんとの距離を縮めようとしていた。そんなジェームスの姿にアイシャさんは惹かれ、好感をもっていたという。これが北朝鮮工作員による罠であるとは、当時の彼女は知るよしもなかった。
この記事の画像(7枚)「日本人」として近づいた北工作員
マレーシアに出稼ぎに来ていたアイシャさんは2017年1月5日、マレーシア人の仲介で“自称日本人”のジェームスを初めて紹介された。日本から来たというジェームスは「いたずら動画の出演者を探している」と彼女に説明した。アイシャさんはその後、ジェームスとニ週間以上、一緒に仕事をしたが、日本語が理解できない彼女は“日本人”という工作員の嘘に疑いを持っていなかった。
ーージェームスは何人と言っていましたか?
アイシャさん:
「日本人だと言っていました」
ーー日本について何か言いましたか?日本で放送されるとか?
アイシャさん:
「良いビデオを選び、編集してYoutubeに乗せると言いました」
ーー日本語を話していたことがある?
アイシャさん:
「私は日本語とか韓国語とかわからないです。彼が日本語で話していると思っていました。」
「彼が日本人ではないという疑いは持っていませんでした」
優しい言葉で・・・恋人作戦か?
アイシャさんを勧誘したジェームスは、いたずら動画の撮影時は常に一緒に行動していた。撮影の合間にジェームスはアイシャさんを優しく励まし、彼女の身の上話も親身になって聞いてくれたという。時折笑わせてくれたという。そんなジェームスの誠実な姿にアイシャさんは好感を抱いていく。
アイシャさん:
「ジェームスはキュートで、ベビーフェイスで、シャイでした。気があったんですよ。彼はよく私を励ましたり、アドバイスしてくれていたんです。面白くて冗談をよく話してくれたので、彼のことは好きでした。顔は可愛かったですよ。」
また一回あたり約100ドルの報酬もアイシャさんにとっては魅力的だった。優しくてかわいいジェームスによる指導に加え、破格ともいえる高い報酬…。アイシャさんは、「いたずら動画」撮影の仕事にのめり込んでいった。
突然の担当変更 インドネシア語使いの「Chang」に
しかし最初の撮影から約二週間後、彼女の担当役がジェームスから突然、別の男に交替する。1月21日、いたずら動画撮影のためにカンボジアの首都プノンペンを訪れたアイシャさんは、空港でジェームスから友人の男を紹介される。その男は「中国から来たミスターChang」と名乗った。インドネシア語が堪能な北朝鮮工作員ホン・ソンハク容疑者だった。
アイシャさん:
「プノンペンに着いたら、ジェームスとその友人が空港で私をピックアップしてくれました。彼は友達のことを「中国から来たミスターChang」と紹介しました。Changはインドネシアで「Hello,元気?」と返事しました。流暢なインドネシア語でした。」
「私は嬉しかったです。ジェームスのように言葉の壁がなくて、スムーズにコミュニケーションできたからです」
これ以降、アイシャの担当はミスターChangに交替した。アイシャはジェームスの居場所を聞いたものの、Changは「ジェームスは日本に帰った」と説明したという。
ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜインドネシア語が堪能なミスターChangが最初から勧誘役にならなかったのだろうか。なぜ現地語を理解しないジェームスが勧誘役に選ばれたのか。アイシャさんの証言からは、工作員ミスターChangが勧誘役としては不適任だった可能性が浮かび上がる。
ーーミスターChangはどういう人でしたか?
アイシャさん:
「ミスターChangはスケベな人で好きではありませんでした。不快でした。インドネシア語が話せるので、汚い言葉を話していました。彼と話すのは嫌いだったんです。仕事のためじゃなかったら、あの人には近づきたくないですね。」
アイシャさんはミスターChangに対して悪い印象を持っていた。おそらく北朝鮮当局も、彼が性格的にあまり人に好かれるタイプではなく、勧誘役としては不適任だったと考えていた可能性がある。一方で、暗殺作戦を確実に遂行させるためにはインドネシア語が出来るミスターChangが直接アイシャさんに指示するほかない。
そこで北朝鮮の作戦責任者は、まずは人当たりのよく好かれるジェームスを使って、うまく「いたずら動画」の仕事へ誘導した後、インドネシア語使いのミスターChangにバトンタッチさせて具体的な指示を出す方法を思いついたのではないか。ミスターChangに交替するころには、アイシャさんは「いたずら動画」の仕事にのめり込んでいた。彼女はChangに不快感を示しつつ、仕事のためならば担当がミスターChangでも仕方がないと割り切っていたと証言した。
こうしたイケメン工作員による甘い誘惑から始まった作戦が、金正男氏暗殺につながっていくとは、彼女は夢にも思っていなかっただろう。
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