10月からスタートした「幼保無償化(幼児教育・保育の無償化)」。
対象となるのは、全ての3歳から5歳の子どもで、幼稚園や保育所、認定こども園などの利用料が無料になる。また0歳から2歳の子どもについても、住民税が非課税の世帯は無償化の対象だ。
対象となる子がいる世帯にとって、負担軽減につながる一方、保育現場で生じる“ひずみ”もある。

無償化から1ヵ月で保育現場は…

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幼保無償化スタートから1ヵ月が経ち、保育現場ではどういった変化が起きているのだろうか。
東京都で認可保育所・認定こども園を運営する「社会福祉法人東京児童協会」の菊地幹さんに話を聞いたところ、2つの変化があるという。

■事務作業の増加

「幼保無償化により、私立園は事務作業が増加しました。その大きな理由は、副食費(おかず代・おやつ代)の徴収です。
いままで、区が保育料を直接、保護者から徴収していましたが、幼保無償化により、副食費の徴収が必要な場合、私立認可保育園は園が徴収することになりました。
同じ東京23区内でも、副食費の保護者負担がある区と、ない区があり、これは園の所在地ではなく、保護者の住所が関係します。
そのため、区をまたいで通っている園児がいる園では、個別に対応する必要があります」


■直接徴収により、保護者対応が増える

「徴収方法も園によって異なる状態です。
口座引き落としを選択した場合、『誰が手数料を負担するのか?』といった問題が生じ、現状、運営する施設では園が負担している状況です。
現金徴収をしている場合、毎月の領収書の発行が必要となります。園によっては、事務員が不在の時間帯は保育士が対応にあたったり、中には、クラス担任の保育士に保護者が手渡しするルールになっているところもあります」



無償化以前も、延長料金など園が直接徴収することはあったが、該当者は全体の2割ほどだったという。それが10月以降、ほとんどの園児が該当となった園もあり、事務作業は増加。
しかし、そのためのスタッフ増員は経営的に難しいのが現状だという。

さらに菊地さんは、今後、小中学校で起こっている給食費未納問題が保育園でも発生してくる可能性があることや、保護者の関心の高まりから、「子どもがちゃんと食べているか?」「給食の内容は妥当か?」など、給食に対する要望が増え、園がより対応を迫られる可能性があることを危惧している。

10月末時点では、想定していたより保護者からの意見は少なかったそうだが、今後、このような問題が発生してくると、園や保育士たちの負担が増すことが想定されるという。

「実際に動き始めるのが遅かった」

では、無償化により保育現場への負担が増えてしまうと今後どういったことが考えられるのか。また、懸念されている「保育の質」を守るにはどうしたらいいのだろうか。
玉川大学教育学部の若月芳浩教授にお話を聞いた。


ーー幼保無償化によって、子どもを預かる現場の負担が増えてしまったのはなぜ?

無償化の制度が決まるのは早かったものの、実際に動き始めるのが遅かったことでしょう。
そのため、現場や保護者の対応が煩雑になってしまいました。

幼稚園でも同様の状況が起こっています。
それは、幼稚園の預かり保育も無償化の対象となったことで、幼稚園に長時間保育の文化が入ってきたためです。
預かり保育の利用者が大幅に増え、預かる時間が延びることで、スタッフ負担は増加しました。

ーースタッフの負担増加で、どういった影響がある?

今後、現場の人手不足が、より加速すると考えられます。
現在でも、保育士・幼稚園教諭は、学生の数より求人数が多い「売り手市場」が続いており、現場は人材確保が追いついていない状況です。

人手不足の原因として、2つの大きな問題があります。
1つ目は、「保育関連の職業を目指す受験生が、全国的に減少傾向にあること」
昨年から、この傾向が起きており、学生が集まらない背景には、保育士を取り巻く労働環境や待遇面の問題などが、さまざまな場面で取り上げられることが増え、学生やその保護者に不安を与えている可能性が考えられます。

2つ目は、「保護者対応の難しさ」
少子化の中、施設側も子どもを獲得するため、保護者向けの保育を重視する園が増えました。
これは今回の無償化により、さらに拍車がかかると思われます。
その結果、利用する側も多様なニーズを保育現場に求める傾向が強まり、対応にあたる保育士たちの負担は増すでしょう。

慢性的な人手不足は、「保育の質」の低下にもつながります。


「保育士のやりがい」が重要

ーー「保育の質」を守るためには?

現在、「保育の質」を評価するための研究や具体的な案は検討されているものの、厳密な制度として機能していないため、保育現場によってバラバラな状況です。
「保育の質」を守るために大切なことは、保育士が定着できるよう、現場が保育士にやりがいを持って働ける環境を改善することが重要です。
そのためには、保護者や保護者の勤務先など、社会全体が「子どもが安心できる生活」を意識することも必要といえます。

子を持つ筆者も、無償化の恩恵を受ける1人だが、経済的な負担が軽くなる代わりに、保育士の数や質が下がっていくようでは、安心して働くことができない。
「保育の質」を守るためには、保育士がもっと自分の仕事に誇りを持って働くことができるよう、保護者の意識改革も大切なのではないだろうか。

(執筆:清水智佳子)

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。