寅さんの言葉が響くわけ

11月初旬のよく晴れた週末、東京・葛飾区の柴又で、今年で5回目となる「寅さん」のイベントが開催された。映画「男はつらいよ」の山田洋次監督、寅さんの妹・さくらこと倍賞千恵子さん、その夫・博こと前田吟さん、源ちゃんこと佐藤蛾次郎さんが一堂に会し、座談会も行われた。会場は溢れんばかりの人である。

山田監督と出演者による座談会(提供・葛飾区役所)
山田監督と出演者による座談会(提供・葛飾区役所)
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これまで49作の「男はつらいよ」を世に送り出した山田監督は、渥美清さん演じる寅さんについて「(渥美さんは)言葉に奥行きがあった。いかに生きるべきかについて、的確な言葉をたくさん残した。たくさんのことを教えられた」と噛み締めるように話した。

今年で公開50年を迎える節目でもあるだけに、私もファンとしてかなりの作品を観たが「人は何のために生きるのか」「恋の大切さ」「なぜ勉強するのか」「愛とは何か」といった、言葉に詰まってしまうような質問にも寅さんは見事に答える。難しい言葉は一切使わず、ストレートに心に届き、かつ響く。山田監督と渥美さんが「寅さんならこう言うだろう」と相談して言葉を紡ぎ出したのだという。
特に晩年の作品は受験や就職、恋愛に悩む甥っ子の満男に、寅さんが人生を説く場面が多くなるが、気楽で無計画、不器用に見えた伯父の姿に、満男はいつしか尊敬の念を抱くようになる。

(提供・葛飾区役所)
(提供・葛飾区役所)

政治に漂う空気

「言葉」といえば、それを生業(なりわい)として、有権者の理解と支持を拠り所とするのが政治の世界だ。
だがこの寅さんのイベントの2日前、当時の河井法務大臣が妻の選挙を巡る疑惑が報じられて辞任した。秘書が選挙区内の法事に香典を持参したとの公職選挙法違反疑惑が報じられた菅原経産大臣に続く“ドミノ辞任”だ。
河野防衛相、萩生田文科相も自らの発言を巡って謝罪に追われた。
辞任した2人の大臣は行政の停滞や信頼を損ねることを理由に挙げ「結果として秘書が香典を出した(菅原氏)」「全くあずかり知らない(河井氏)」と述べて以降、詳細な説明はまだしていない。安倍首相は任命責任は自分にあるとして陳謝し、政策を前に進めることで責任を果たすと言う。これまでにも見てきた光景だ。

菅原経産相と河井法相のドミノ辞任
菅原経産相と河井法相のドミノ辞任

一方でこうした出来事が政権に対する失望や野党への期待に変わることはなく、内閣支持率も野党の支持率もほぼ変化がないというのがこれまでの実態だ。
評価が変わらないというのは「政治家の言葉や行動とはそういうものだ」と受け止めればいいのだろうか。失望やそれに代わる期待がないとするなら「あきらめ」や「無関心」という結論に行き着くことにもなるだろう。
7月の参議院選挙で50%を切った投票率は、そうした国民の意識を如実に表していたのかもしれない。

元号が令和になった直後、ある自民党関係者から「平成は改革の時代だったが、今は改革疲れしてしまった。令和は穏やかな時代になることが求められるのでは」という話を聞いた。改革一辺倒から、守ることや維持することの大切さにも目を向けるべきだ、という趣旨だと理解した。

変えない努力と幸せ

以前と変わらない帝釈天・題経寺
以前と変わらない帝釈天・題経寺
「とらや」には昼時、行列が出来ていた
「とらや」には昼時、行列が出来ていた

この令和時代になってから半年あまり。「第二の故郷(山田監督、前田さん)」「いろんな意味での原点(倍賞さん)」と言われる柴又の街並みについて山田監督は「(地元の)皆さんが変えない努力をしてくれている」と話した。
寅さんが幼少期に遊び回った帝釈天は今も変わらぬ佇まいで、また実際の撮影にも使われた「とらや」も昔の面影を残したまま、人々を温かく迎えてくれる。「とらや」の代名詞でもある名物の草団子が各店舗に並ぶ様子も、参道の雰囲気も昔と同じだ。
倍賞さんが座談会でたびたび口にした「おにいちゃん」の一言が映画そのままの響きで、何より強烈に印象に残った。

寅さんの妹・さくらこと倍賞千恵子さん(提供・葛飾区役所)
寅さんの妹・さくらこと倍賞千恵子さん(提供・葛飾区役所)
「とらや」の草団子 無骨だが甘すぎず美味
「とらや」の草団子 無骨だが甘すぎず美味

山田監督は年末に公開される50作目「おかえり寅さん」への思いを問われ「50年前、日本人は幸せだった。今は万事窮屈になっている。今本当に幸せなのかを感じて欲しい」と語った。それは日本と日本人の幸せを追求すべき政治に突きつけられた、極めて現実的な課題のようにも感じられた。

寅さんへの思いを語る山田監督(提供・葛飾区役所)
寅さんへの思いを語る山田監督(提供・葛飾区役所)

モノが増え、格段に便利になった現代社会に「多様化」は浸透しても、「心の充実」はどこまで実感されているのだろうか。
寅さんが今の日本をどのような言葉で表現するのかを聞いてみたい。

柴又駅に立つ寅さん 何を思う
柴又駅に立つ寅さん 何を思う

(フジテレビ政治部デスク・山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。