新5,000円札の顔は「女子教育の母」に

1万円札には「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一。
1,000円札には「近代日本医学の父」と言われる北里柴三郎。

そして、5,000円札の肖像画には、津田梅子が選ばれた。
名門女子大・津田塾女子大学の前身である「女子英学塾」を創設し、女性教育の母とされる人物だ。

津田塾大の学生からは喜びの声

東京・小平市の「津田塾大学」には、英語で「TSUDA UME」と書かれた梅子のお墓がある。
そんな大学に通う学生たちは、今回のニュースに喜びの声を上げた。

大学に通う女性は「私の大学の創始者が選ばれるとは思ってもみなかった。すごいと思っています」と歓喜。
別の女性は「私がこの大学を選んだのは津田梅子のような女性になりたかったから。梅子は日本において、女性でも意見が言えるようにし、世界を変えました」と流暢な英語で話した。

実は日本初の女子留学生

梅子は1864年に生まれ、6歳のとき、岩倉使節団の1人としてアメリカに留学。
日本初の女子留学生であり、これが人生の転機となった。

18歳で帰国したものの、25歳のときにアメリカの名門・ブリンマー大学に再留学。
全ての縁談を断ってまで下した、大きな決断だった。

そして、1900年に36歳で女子英学塾を創設。
それまで花嫁修業が中心だった女子教育に、進歩的で自由なレベルの高い授業を取り入れた。

卒業式で伝えた言葉とは

そんな梅子氏が、1913年の卒業式、卒業生に英語で伝えた“贈る言葉”が肉声で残されている。

津田梅子:
学校を卒業することは、風や闇の試練に立ち向かう旅へ出発する船の進水に例えることができます。


贈る言葉では、学校からの卒業を船出に例えて熱く激励。
そして...

津田梅子:
皆さんは学んだことを無駄にしないように努めることは、この学校と先生方に対する皆さんの責任であります。
皆さんは多くの日本人女性よりも大きな機会に恵まれてきました。このことが皆さんに、そして周りの人たちに大きな意義を持ちますように。
皆さんひとりひとりが“光を見る目、永遠の真理を知る洞察力、憐れみと最も優しい慈悲に満ちた心、闇を照らす信仰”を持ちますように。

社会の役に立つ人材になってほしいという願いを残し、1929年、64歳で帰らぬ人となった梅子。
生涯独身を貫き、女子教育に全てを捧げた人生だった。

(「Live News it!」4月9日放送分より)