雲仙普賢岳の火砕流惨事から2021年で30年になります。

災害遺構の保存に取り組んだ地元町内会が、このほど施工に当たった造園家に、感謝状を贈りました。

宮本 秀利さん(72)、普賢岳噴火災害からの復興を目指して、卒業前の高校生に苗木を植えてもらう活動にも長年取り組んでいます。

元島原市役所職員 杉本 伸一 さん「宮本さんの熱い思いにより、合掌という立派なモニュメントも作成していただきました」

1991年6月3日の火砕流で43人が亡くなった島原市上木場地区、消防団や警察官が犠牲になった場所は、20年ほど前に整備が行われました。

さらに上流の報道関係者などが亡くなったいわゆる「定点」については、地元安中地区の町内会が呼びかけて、2021年に入り、被災車両の掘り起こしなどが進められました。

実際に施工に当たったのが宮本 秀利さんです。

この日、町内会の総会で感謝状が贈られました。

宮本 秀利 さん「災害から学んだことが非常に多いんですよ。山が教えてくれるんですよ。犠牲になった消防団員は、同級生もおったし、後輩もおったし、彼らの顔が浮かんでくる。待っとけよ、きちんとするからね、と。完成したときは感無量」

元島原市職員 杉本 伸一さん「私たちは、ちゃんとあそこを活用して、将来、未来に向けて使っていくことにしたいと思いますね」