春夏通じてチーム史上初、さらにセンバツでは大分県勢として1967年の津久見高校以来、約半世紀ぶりの決勝進出を果たした明豊高校野球部。

決勝では、強豪の東海大相模(神奈川)に3対2で敗れ、惜しくも準優勝に終わったが、大会を通して5試合を戦い、センバツ史上初となるノーエラーを達成。

まさに記憶にも記録にも残る快進撃となった。

その明豊ナインは、大会終了後の翌日に地元・別府市に戻り、休む間もなく学校での報告会、翌日には、テレビ大分の新番組「サタデーパレット」に生出演に対応してくれた。

番組の中では「本当はあんときどうやったん!?Yes or Noクイズ」と題して、大会中の選手たちの本音に切り込む問題を出題。

そこで大舞台では見せなかったナインの表情、本音が次々と飛び出した。

第1問「1回戦の東播磨(兵庫)戦で延長11回の末、10対9とサヨナラ勝ちを収めたが、正直あのときは、あ、やばいと思った…」という質問に対し、登録メンバー18人と記録員1人全員が手を挙げた。

キャッチャーの蓑原英明選手(3年)は「1回戦という緊張感だけでなく、地元・兵庫のチームとの対戦は異様な空気感で、正直、あ、やばいと思った」と素直な思いを語った。

そして第2問で、このシーソーゲームを制することができた明豊ナインを結び付ける、ある思いがあきらかになった。

「もう史上最弱とは言わせません!川崎監督!」という第2問に対して、迷うことなく全員が手を高く挙げた。

新チーム発足当初、川崎絢平監督は「就任以来、一番実力がないチーム」いわゆる「史上最弱のチーム」と選手たちに檄を飛ばした。

その厳しい言葉が選手たちの闘志に火をつけた。

幸修也主将(3年)は「監督の言葉があったからこそ、見返してやろうという気持ちになって戦うことができた」と前を向いた。

甲子園という大舞台で選手1人1人がその反骨心を忘れずに戦った。

そのおかげもあって5試合中4試合が1点差(もう1試合は2点差)、まさに明豊の持ち味である全員野球で接戦を戦い抜いた。

川崎監督も「もう史上最弱とは言えない。夏の甲子園で優勝をして史上最強のチームになってほしい」とナインを鼓舞すると、幸主将が「甲子園での忘れ物は甲子園でしか取り返せないので、夏、絶対に日本一取ります」と史上最弱から史上最強のチームになることを誓った。

これから明豊高校はどんな進化をみせてくれるか、そして甲子園での忘れ物を手にすることはできるのか?

夏に再び「Yes or No クイズ」ができることを祈っている。