「内閣」と印字されたシミだらけの便せんに、走り書きの文字が並んだ2枚の古いメモ。今から23年前の1998年1月27日、首相官邸で行われた閣議で当時の橋本龍太郎首相は国家公務員の倫理を縛る法律制定について、このメモを読み上げた。

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「公務員倫理という観点からも、単に倫理規定の遵守ということのみでよいのか、その法的な措置の是非、可能性についても検討してみたい」

1996年

この橋本元首相の発言がきっかけで、政府は国家公務員倫理法の制定に向けて動き出したという。メモを作成したのは当時橋本首相の政務秘書官を務めていた立憲民主党の江田憲司代表代行だ。公務員の倫理に関する当時の橋本首相の思いと今の政治に求められること、そして独自の解散予測について江田氏が語った。

大蔵省接待問題の渦中に急きょ作成された2枚のメモ

1998年に大きな問題となった旧大蔵省の過剰接待、舞台となった店の業態から「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」としても知られている。

旧大蔵省に東京地検特捜部の家宅捜索が入った日の朝、2~3分後に閣議を控えているにもかかわらず、橋本首相は江田氏に対し「ちょっと発言メモを書いてくれよ」と頼んだという。そして急きょ江田氏が書き橋本首相が読み上げたがこのメモだ。しかし国家公務員倫理法の制定という方針には、当時、官僚から批判が相次いだという。

「大先輩が『江田、おまえは役人の倫理を法律で縛るなんてこんな情けないことないぞ!倫理なんだから、法律で縛るものじゃないだろう!』ってさんざんも反対された。圧力もかかってきた。しかし『そんな次元の問題じゃありませんよ!ここまで東京地検特捜部が飲食過剰接待事件で、ここで言うのははばかれるような破廉恥な行為も含めて、大蔵省中心に接待事件が続出している以上、もうこれは法律でも縛らざるを得ない!』ということで、総理主導で強行突破した」

公務員に留まらず政治家の倫理規定も視野に

江田氏が当時つけていた日記には、橋本首相のさらなる真意が書かれていた。実は橋本首相は加藤紘一自民党幹事長に電話をして、「この公務員倫理法やるのはいいんだけど、そうなると今度は政治倫理法に行くぞ。それは覚悟しておけよ」という指示をしていたという。政治家の倫理も法律で縛る覚悟をしていたのだ。その後、橋本総理が退陣し、続く小渕政権が1999年8月に国家公務員倫理法を成立させ、2000年4月から施行された。さらに翌2001年には閣僚の倫理規定を定めた「大臣規範」も決定された。

1998年

しかし江田氏は、この大臣規範では関係業者との接触に関し「国民の疑惑を招くような行為をしてはならない」と曖昧に規定されていることについて、「ゆるゆるの規範だ」と指摘し、NTTと総務省の政務三役との会食などを念頭に、次のように批判した。

「権限のある大臣が利害関係者と飯食っても無罪放免みたいになってるじゃないですか。だから私は、あの当時の経緯からしても、少なくとも大臣規範は大臣や政務三役は、例えば許認可の対象事業者とは絶対に飲食しちゃいかんとかね。そういうことできっちり決めないと駄目ですよ」

その上で江田氏は総務省を組織的に分離し、規制監督部分は独立行政委員会である『通信放送委員会』に、電気通信業務の振興は『情報通信庁』にすべきだという持論を語った。その上で、この政策は立憲民主党の「一つの目玉政策になれると思う、積極的に提言していきたい」と強調した。

経済政策は、大胆な所得再分配を衆院選の公約に

さらに江田氏は、党内で経済政策を担当している幹部として、衆議院選挙に向けた党の経済政策について、「私は旧民主党政権には関わりのない政治家だ。民主党政権では『財源もないくせに耳障りのいいことばっかりでバラマキじゃないか』と言われていた。でも今度は絶対そうしません!」と語気を強めた。

具体策としては「貧困撲滅が経済成長を促す。要は所得再配分だ。1%の大金持ちの方や1%の超大企業からしっかり税金を取って、所得再配分する」と強調し、次のように語った。

「自民党の経済政策というのは、供給者側から見た経済政策。しかし我々は働く者のサイド、生活者、消費者の需要者サイドの目から見る政策だ。昔の日本は、1億総中流社会と言われた。それはもう遠い過去の世界だ。しかしその中間層がどんどん底を抜けして低所得層になっている。枝野代表の言葉で言うと生きていくための不可欠な『ベーシックサービス』、医療や介護や福祉や子育てや教育というところを、そのお金でもう少し手厚く応援しましょうよということだ」

ベーシックサービスに金銭的支援をすることで、結果的に可処分所得を増やして、最低賃金を増やしていけば、消費が伸びて経済が伸びていくという戦略だ。江田氏は「この考え方は、OECD、さらにIMFまでが言っている。要は『格差是正が経済成長を促す』ということだ」と語った。

その上で、衆議院選挙に向けて「政権公約で必ずこれを目玉政策として打ち出す。これは、自民党みたいな大企業基盤とする、お金持ちを支持層とする自民党は絶対できない。これを引っ提げて、解散総選挙に臨んでいく!」と強調した。

衆院解散の時期予測は「6月が3割、9月が7割」

そして江田氏は、実は1996年の衆院選において、初出馬した菅首相の選挙戦を手伝っていたという関係にある。そこで菅首相による衆院解散の時期を次のように予測した。

「解散は早くて会期末解散、都議選同日選。それが3割。あと7割はパラリンピックの閉会日の9月5日以降、総裁選前に解散」

その理由については「6月になってくると相当ワクチンも入ってくると思っている。ワクチン接種が進行すると、国民の意識も変わってくる、感染者数も変わってくるかもしれないという前提で、とにかく解散ができるタイミングを狙って、会期末解散、7月4日の東京都議会議員選挙との同日選は、僕はありうると思っている」と述べた。

(フジテレビ政治部 大築紅葉)