イスラーム圏の女性と聞くと、スカーフを被り一夫多妻制の下で閉鎖的な生活を送っているようなイメージがあるかもしれない。

イスラム圏の女性と言えば、こういうイメージ?
イスラム圏の女性と言えば、こういうイメージ?
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しかし、トルコの女性はそうしたイメージとは大きく異なる。

1993年に女性首相も登場

トルコにおいて女性の地位向上や社会進出は、トップダウン型の近代化の中で進められてきた。国民の9割はイスラーム教徒だが、憲法によって世俗主義が定められ、イスラーム法は適用されないので一夫多妻は認められていない。また、公の場における女性のスカーフ着用は禁止されていた(2002年以降は徐々に自由化)。このためトルコの女性は、閉鎖的な空間で生活を送っているというイメージからは遠いといえよう。

女性の参政権はヨーロッパ諸国にさきがけ1934年に認められており、1993年には女性首相、2018年には女性の大統領候補が登場した。商工会議所の会頭、財閥や企業のトップにも多くの女性が就任している。高等教育機関(大学)における女性教員の割合も高く、イギリスでの調査によればトルコが47.5%で、アメリカの35.9%、イギリスの34.6%を上回り世界トップレベルという時期もあった(2013年の調査結果。2019年には31.2%まで落ちている)。

家事の負担は大きい

一部の職業では女性の活躍も目覚ましく、都市部では外で働く女性も多いが、一般的に財布のヒモは男性が握っていることが多く、とくに地方では女性の家事の負担が大きい。

OECDによれば、1日に家事、育児といった賃金の発生しない仕事に費やす時間は、トルコの女性は305分、男性は68分であり、女性は男性のおよそ4.5倍の時間を費やしている。調査した30カ国中、トルコの女性は時間の多い方から5番目、男性は少ない方から3番目となっている。なお日本の女性は224分、男性は41分である。トルコ人は概して家族思いで子煩悩だが、いまのところトルコ人男性の「主夫」や「イクメン」姿は想像しにくい。

トルコ女性が賃金の発生しない仕事に従事する時間は1日に305分 出典:OECD
トルコ女性が賃金の発生しない仕事に従事する時間は1日に305分 出典:OECD

ただし主婦は家事に縛られているばかりではない。夫がいない間、近所の主婦たちが集まって誰かの自宅でお茶を楽しむことも多い。最近では、インターネットを楽しんだり、子どもを預かるなどの在宅ワークに励む女性も増えているようだ。

保守化する社会「女性は子供を3人生むべき」?

上述したように、トルコの女性は男性と同等の権利を得て各界で活躍してきたのだが、2002年に誕生したイスラーム色の強い現政権(公正発展党)の下、女性の地位が変わりつつある。

まず、国家機関のひとつである「女性と家族省」から、「女性」という文言が削除され「労働・社会事業・家族省」へと変更された。市民の間でも、政府が女性の存在を重視しなくなったのではないか、と心配する声がある。女性は子どもを3人生むべきだという政治家の発言もあったように、女性を家庭の中に、という政治的意図が見えなくもない。

結婚制度の変更も、社会の保守化とイスラームの影響が強まっていることを反映している。2017年に法律改正が断行され、イマーム(イスラームの指導者)の立ち会いのみでも結婚が成立するようになった。改正前は民法に基づいて結婚が成立していたが、改正後はイマームが法を順守せずに、法定年齢を下回っていても結婚を成立させてしまう可能性がある。法改正によって、旧い習慣に基づいた児童婚が増加すると危惧する声がある。

EUがヨーロッパ諸国(EU未加盟国を含む)を対象に行った調査によれば、トルコの女性初婚年齢は24.8才ともっとも若く、もっとも年齢が高いスウェーデンは33.8才となっており、9才の開きがある。結婚年齢が若いほど女性自身の判断ではなく、親の意向で強制的に結婚させられるケースが多い。

トルコ女性の初婚年齢は低い
トルコ女性の初婚年齢は低い

また、同性婚は法的には認められていないが、イスラーム圏では初めて2003年にイスタンブールでプライドパレードが開催されるなど、ヨーロッパほどではないにせよ、社会には寛容さと解放的な面もあった。しかし2015年以降、イスタンブールでの開催は市当局によって禁止されることとなった。今後も、同性婚が認められるとは考えにくい。

離婚は増加

トルコでは結婚が減少、離婚は増加している
トルコでは結婚が減少、離婚は増加している

このような社会情勢の中で、離婚が増加傾向にあることは興味深い。2018年に離婚した人は142,448人、前年の128,411人から10.9%増加している。離婚扶養料が支払われるようになったことが増加要因のひとつと考えられるが、その背景には声を上げている女性たちの存在があるのではないか。

ある女性は、自身の離婚を認めない裁判所の前で横断幕を上げて離婚を認めるよう訴えたり、別の女性は「離婚記念のパラグライダー」をしつつ、女性への暴力や差別をなくすようメッセージを掲げるなど、たくましく行動する女性がいるのだ。また、「世界女性の日」には多くの女性が、権利や自由を主張して行進を行っている。

一方、結婚した人は553,202人、前年の569,459人から2.9%減少した。あるトルコ人女性は、親からの結婚のプレッシャーは日本よりもずっとあるのではないか、と語る。それでも近年は進学を機に都会へ出て、その後もキャリアを積む女性が増えたりすることで、結婚は「必ずするもの」から「してもしなくても」へと変わってきている。

社会的に大きな変動期にあるトルコだが、「結婚」もまた変わりつつあるようだ。

【執筆:ガバナンスアーキテクト機構上席研究員 新井春美】

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新井春美
新井春美

ガバナンスアーキテクト機構上席研究員 拓殖大学大学院博士(安全保障)2010年にトルコの首都アンカラにあるビルケント大学に留学(株)日本総合研究所などを経て2013年より現職 トルコや中東情勢に関する論文多数