普天間基地の返還が日米で合意されてから12日で25年となった。

政府は名護市辺野古への移設を進めるが、基地の運用停止は実現せず危険性の除去には至っていない。

1996年4月12日、日米両政府は普天間基地の全面返還に合意した。

当初は5年から7年をめどに返還するとしていたが25年たった今も実現しておらず、2004年には沖縄国際大学にヘリが墜落。2017年には隣接する普天間第二小学校にヘリの窓が落下する事故も起きた。

返還には機能を県内に移すことが条件とされたことから、政府は「辺野古への移設が唯一の解決策」として、名護市辺野古にあるキャンプシュワブ沿岸部の埋め立て工事を進めている。

一方、県内移設に対する県民の反発は強く、2019年に行われた辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票では、投票総数の7割以上が反対という結果になった。

さらに埋め立て区域で軟弱な地盤が見つかったことから、仮に工事が順調に進んだとしても返還は2030年代にずれ込む見通しで、危険性の除去が実現しない状況が続く。

▽玉城知事(9日の会見)「辺野古移設では普天間基地の一日も早い危険性の除去には繋がらない。25年間返還が実現していない最も大きな理由は、県民の頭越しに日米で合意された計画に固執していることにあるのではないか」

政府は軟弱地盤を改良するため設計変更を県に申請しているが、県内移設反対を公約にする玉城知事はこれを認めない構えだ。