「イトジェはイカのよう 」
ラグビーW杯を終えた11月初旬、東京・新橋の細い路地にあるお茶漬け屋で開かれた宴(うたげ)は、こんな言葉で幕を開けた。意味は後ほど解説する。
集ったのはラグビーをこよなく愛する面々。いずれもプレーやコーチなどで深くラグビーに携わった。ほとんどがテレビ関係者だ。

サラリーマンの街・新橋

「にわかファン」に少しでも理解してもらおうと、日頃かみ砕いた表現をしてきた反動からか、専門的で細かいポイントに話題が及ぶ。
アイルランド戦でリーチ主将がリザーブだった本当の理由、エディジョーンズ・イングランドヘッドコーチの今後、解説者の傾向と評価、プロ化の是非と守るべき伝統…。冒頭の「イトジェはイカのよう」はイングランドFWの柱、LO(ロック)のマロ・イトジェ選手のプレーを評価した言葉だ。ボールの争奪戦で相手に執拗に絡みつくさまを、参加者の一人がこう表現した。
尽きない話題に酒と笑いが混じり、時間は相対的なものだと改めて知る。今回はその宴席から見えた、伝える側のこだわりと愛情を少しだけ披露したい。

その同期のきっかけは前回・イングランド大会だった。NHKで報道番組を手がけ、政治の世界を中心に活躍していた彼は2015年、日本代表の南アフリカ戦勝利を目にしてこのW杯に照準を合わせた。ほどなくスポーツ担当に異動、今は週末のスポーツ番組のチーフプロデューサーだ。いわば4年越しで夢を実現させた。普段は目立たないFWの第一列とそのコーチを生出演させ、コアなファンを唸らせた。現役時代はBKとして活躍した彼が、FW第一列に焦点を当てたこともまた、素敵な一面である。彼の後輩もまた、同様に政治部からスポーツ担当に異動し、取材と編集に奔走した。

その元トレーナーは、ラグビーの盛り上がりと同時期に巡ってきたイベントで、かつてのチームメイトに光を当てようと奮闘した。
頸椎・頚髄に大けがをした彼がリハビリに励み、仲間と交わした富士山に登る約束を果たしたのが今年8月。こちらは実現まで12年かかった。その経緯を追い、カメラに収め、2時間のドキュメンタリーに仕上げた。彼が負った障害だけでなく、その苦悩と生き様、コーチや仲間の思いと絆に焦点を当てた。放送はW杯開幕直後のゴールデンタイムだ。
陰に日なたに彼女を支え、放送に尽力した彼女の先輩は、今や情報番組を支える柱でもある。現役時代のポジションを想像できない恰幅の良さで、当夜は穏やかな笑みをたたえ、終始聞き役に徹していた。

頸椎・頚髄の大けがから復帰した杉田秀之さん(右)

その先輩はゴールポストの真下が定位置だ。群雄割拠のトップリーグでも、未来のジャパンを見据える大学でもなく、身体も技術も未熟な高校生が走るグラウンド。
かつての名将はラグビーの目的の一つに「日本のリーダーを育てるため」と語ったが、その地位に達した今も折を見て現場に足を運ぶ。高校生にかける言葉は、その情熱とは裏腹に目立たないよう、そっと二言三言。
彼も後押ししただろうラグビーのドラマはW杯を前に話題となり、架空の人物であるはずの「浜畑」の名は世に浸透した。
その夜は出席が叶わず、電話をいただいた。ここでもラグビーの話を二言三言。いつも通り、静かな口調だった。

「浜畑」こと廣瀬俊朗氏

その上司は一人で駆けずりまわった。部長という立場ながら取材記者証を携え、日本代表の練習から記者会見まで自ら取材した。通訳を仕込み、様々なアイテムを用意し、ラグビー界のヒーローにマイクを向け、数十秒の放送に情熱を傾けた。他局のドラマ「ノーサイドゲーム」がラグビー人気を後押ししたことを半分喜び、半分悔しがった。
日付が変わった頃、学生時代に活躍した後輩に「お前らがまぶしいんだよ」と自嘲気味に語っていたが、ラグビー取材ではもちろん、この夜一番輝いていたのは彼だった。

元日本代表監督・Jカーワン氏(右)

皆それぞれ、プレーしていたチームや時代、また今の携わり方も違う。
それでもラグビーに対する深い愛情と真摯に向き合う姿勢が、その距離をすぐに縮めてしまうのがこうした会の常である。この「アツさ」が時に「アツくるしさ」になってしまう場合もある(自分もそうかもしれない)が、それも含めてラグビーの魅力だと言っていいだろう。

高校ラグビーは東大阪市の「花園」で、大学ラグビーは外苑前の「秩父宮」を中心に、トップリーグは全国各地でこれから本番を迎える。
すでに狙いを定め、準備を整えている方には蛇足になるが、冷めてしまったラグビー熱をもう一度呼び戻したいという方は競技場に足を運ぶことをお勧めする。
技術や体力のレベルこそ違えど、勝負へのこだわりと真剣さは同じで、その空気を味わうのはナマで観るのが一番だからだ。
泥臭くも素晴らしい世界はこれからも続く。
 

(フジテレビ・山崎文博)