今回の取材のきっかけとなったのは、先輩カメラマンのこんな言葉だった。

「一生に一度は必ず見ておきたいクリスマスツリーランキング」で2位になったことがあるツリーが箱根ガラスの森美術館にある。イルミネーションといえば、LEDや電飾などを駆使して夜に輝くのが一般的だけど、ここのツリーは一味違う。昼間も楽しめて、夜はさらに感動するくらいキレイなんだよ…

昼間も輝くクリスマスツリー

箱根ガラスの森は神奈川県の箱根町仙石原にある美術館だ。アンティークショップやカフェレストランといった施設も充実した言わずと知れた観光スポットだ。

調べてみると、ここのイルミネーションは、夜はもちろんのこと、「昼間」も楽しめるのだという。「昼間輝くイルミネーション」とはどんなものだろうか。本当にキレイに見えるのだろうか。想像を膨らませ、とてもワクワクしながら取材に向かった。

12月9日午前8時。ロミオとジュリエットと呼ばれる2本のクリスマスツリーと初めて“対面”した。


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ツリーは優しい七色の光を放っていた。薄曇りで空気は冷たかったが、風に揺られながら、2本のツリーは想像をはるかに超える、キラキラとした、暖かい雰囲気を醸し出していた。

近づいて見ると、LEDや電飾などではなく、太陽光を反射する小さなクリスタルガラスだった。

美術館スタッフによると、クリスタルガラスの直径は1.4cm。裏表を16面カットしたもので、さらに表面には七色に輝くよう「A Bコーティング」という特殊な加工を施している。2本のツリー、合わせて15万粒のクリスタルガラスがひとつひとつ手作業で丁寧に取り付けられるという。

クリスタルツリーを作った 山田佳紀 環境美術部顧問

なぜ16面カットなのか?答えは、直径1.4cmのクリスタルガラスをギリギリまで切り出せるのは片面8面カット、裏表16面カットが限界値からだという。いかに輝くかを極限まで追求した結果だ。

我々がツリーを撮影している傍らで美術館スタッフが、「曇ってなければもっときれいですよ…」と話してくれた。初見の自分にとってはこれでも十分にきれいなのだが…確かに太陽光が当たればもっときれいに撮れるに違いない。

改めて取材日を設定しなおした。この日もまた曇天だったが、午後になって、わずかに切れた雲間からようやく太陽光が降り注ぎはじめ、風に揺られながら、クリスタルガラスが一斉に輝きだした。

まるで虹色に輝く星群が目の前に現れたようなあの瞬間を、今も鮮明に思い出すことができる。

無意識のうちに感嘆の言葉が漏れていた。まさに太陽と風が作り上げた自然のイルミネーション。薄曇りの日、晴天の日など太陽光の強弱、風の強さなどで同じ瞬間はふたつとしてない。これが世界に“ひとつだけ”と言われるクリスタルツリーの輝きなのだ…

日没後、辺りが暗くなってくると、今度はライトアップにより昼間のツリーとは全く別の表情を見ることが出来る。まるでダイヤモンドが散りばめられた銀河が広がっているような世界だ。

昼間から夜のライトアップされた幻想的な世界へ。雰囲気はガラッと変わり、ロマンティックな気分にさせてくれる。

「クリスタルツリー」誕生秘話

1996年8月、箱根ガラスの森美術館はヴェネチアン・グラスを専門に展覧するミュージアムとして開園した。現在、庭園にある2本のツリーはオープン当初は存在していなかった。

「クリスマスツリーを設置したい」という声がスタッフなどから上がったが、営業時間は午前10時から午後5時半までで夜は営業していない。それでも何度かクリスマスツリーを設置してみたが、なかなかうまくいかなかった。ガラスの森にふさわしく、営業時間内でも楽しんでもらえるツリーは出来ないか。

ミュージアムショップにあった小さな木の形をしたクリスタルガラスのオブジェを参考に大きなものを作ったのが、「クリスタルツリー」誕生のきっかけだ。

クリスタルツリー原型のオブジェ

驚異の「リピーター率50%」 理由は

ガラスの森を語る上で、欠かせないキーワードがある。それは「リピーター率50%」だ。

取材当日は平日にも関わらず、また台風19号の影響でアクセスが困難となる中、お年寄りから子供連れ、カップルまで大勢の来訪者で賑わっていた。

園内にあるカフェ・レストラン「ラ・カンツォーネ」で働く大柳麻美さんも、クリスタルツリーの輝きに魅了されたリピーターの一人だ。幼少の頃ちょうどこの時期に両親と訪れ、このツリーに魅せられたという。「本当に大きなダイヤモンドようにキラキラして綺麗だった。いつかこんなところで働いてみたいなと思いました。ショップにあった小さなツリーのオブジェが欲しくてねだっちゃいました」と当時の思い出を語ってくれた。

レストランで働く 大柳麻美さん

クリスタルツリーの輝きを見ればもう一度見に来たいと素直にそう思う。「リピーター率50%」の秘訣を岩田館長に聞いた。

その秘訣は「たくなる美術館」であること。

「たくなる」とは「~したくなる」のこと。常にお客様ファーストで、「また展示を観に行きたくなる」「子供も連れて行きたくなる」「恋人と行きたくなる」「レストランでおいしいパスタを食べたくなる」などお客様の「たくなる」は尽きることはない。スタッフ全員でそれらを考え行動し、毎日お客様の「たくなる」に寄り添い続けることが大切なのだと教えて頂いた。

リピーター率50%という驚異的な数字は、スタッフ全員で「たくなる」美術館を目指すその真摯な姿勢が支えているのだ。

1回目の取材日は午前8時から撮影開始。オープン10時までの2時間はドローン撮影を行った。2本のツリーは高さが10メートルと8メートルあるため、より多角的に撮影できるのはドローンが効果的だ。

撮影も終わりにさしかかった頃、庭園にある回廊付近でスタッフの方が大勢集まりはじめた。皆、右手に雑巾、左手にバケツ、ある人は箒を手にしている。聞いてみると、この日は「掃除力強化月間」というプロジェクトの最終日であった。10月~12月に行われる掃除力強化月間では、各部署が、普段掃除できない場所の清掃を提案し、スタッフ総出で掃除するというもの。

清掃するスタッフたち

例えば、学芸部の提案により美術館内の照明の埃取り・床掃除や、営業部の提案でガラスの森バス停4カ所の清掃をスタッフ全員で行ったりする。この日は、環境美術部の提案で、普段手が回らない広い庭園をみんなの力で掃除する日であった。

印象的だったのは、清掃しているスタッフがみな楽しそうにしているということだ。各部署のスタッフが集まるので普段できない情報交換をしたり、来館したお客様の反応についてなどを雑談しながらも庭園はみるみるうちにきれいになっていった。また各々の部署に戻っても汚れているところがあれば清掃することが、習慣になり、より良い相乗効果になっているという。

とても興味深く感じたのは、強化月間で最初の清掃場所は、スタッフが使用する従業員食堂や休憩室などであったことだ。普通の考えだと、まずはお客様が眼にしたり、触れたりする場所を重点的に掃除することが第一優先であろう。しかし、そうではないらしい。岩田館長著「愛の言葉」にその理由が述べられている。

「床をきれいにしようとします。床がきれいになると今度は壁の汚れも気になってくる。壁がきれいになると今度は部屋のなかにある机や椅子が気になってくる。つまりはひとつきれいにすると全部きれいにしようというサイクルが生まれる。スタッフのユニフォームを考えればこのデザインでいいのか、もう少しお洒落にしたほうがいいのではないかと考えを巡らせていく。そして爪や頭髪の整え方やさらには言葉遣いまで考えがおよび、最後にはやっぱり笑顔をきれいに出せるよう心をきれいにしないとねとなるんです」

清々しくお客様を迎えるエントランス、ゴミひとつ落ちていない美術館の廊下、見せ方を工夫した美術品の数々、気持ちよく整えられた庭園…そこかしこにスタッフ全員の掃除力が行き届いていると感じた。

このスタッフの全員の力が、クリスタルツリーを輝かせているのだ。


【箱根ガラスの森美術館】
神奈川県足柄下郡箱根町仙石原940-48 電話0460-86-3111


フジテレビ報道局・取材撮影部
カメラマン佐藤祐記