去年訪朝した日本人は300人強

この記事の画像(6枚)

北朝鮮が「観光」目的の日本人を受け入れてから30年以上が経過している。金正恩政権が核・ミサイル実験に邁進する中でも、日本人観光客の受け入れは続けられていた。北朝鮮がインバウンドツーリズムを重視する背景には、体制宣伝と外貨獲得がある。
しかし、昨年一年間で訪朝した日本人観光客は300人強に過ぎない。韓国や中国に訪問する日本人がそれぞれ年200万人を突破していることに比べれば、桁違いに少ないのだ。

日朝関係が現在ほど悪化していない1990年代には、名古屋や新潟から平壌まで直行チャーター便が飛び、最大で年間3000人の日本人が訪れていた。当時、JTBや近畿日本ツーリストといった大手旅行会社も北朝鮮ツアーを主催していたことは忘れられがちだ。1991年末頃のJTBワールドのパンフレット「はじめて見る!朝鮮民主主義人民共和国」によれば、最低参加費用は、5泊6日の旅程で32万9千円で高額であった。今では費用も安くなったが、それでもソウルや台北に行くのとは訳が違う。

「観光」で入国した日本人による北朝鮮旅行記は、その秘境的な魅力からか既に数十冊出版されているが、近年はブログなどで手軽に公開されるようになった。筆者は、それら紀行文のほか、各種ガイドブックや旅行会社が発行するパンフレットなどの資料を用いて、北朝鮮の観光戦略を検証してきた。宣伝物に過ぎないと思われがちのパンフレットでも、検証の仕方によっては様々なものが見えてくる。

個人行動が許されない北朝鮮旅行

朝鮮国際旅行社という国営旅行社が外国人観光客の受け入れを独占的に取り仕切るやり方は、冷戦期のソ連・東欧諸国や中国などと似ているが、北朝鮮旅行はそれらの国家と比べても観光行動が厳格に規制されている。北朝鮮に入国した時から常に複数の案内員とともに専用車で行動することになり、個人行動が許容されていないのだ。

その事実からしても、彼らの社会が情報統制下に置かれていることや、保守的な体質にあることを再確認することができる。わが国からかけ離れた相手側の論理を知る上では有効な側面があるということだ。外国人が訪問できる範囲においては、治安も非常に良好である。

様々なトラブルも

しかし、これまでに生じた様々なトラブルについても知っておかなくてはならない。昨年8月には、ヤングパイオニアツアーズという中国所在の旅行会社が手配した北朝鮮ツアーに参加していた日本人観光客が拘束された。いかなる行動が拘束に至ったのか、具体的には報じられないまま、2週間ほどで釈放された。

聖書を持ち込んで観光査証の発給拒否が起きることもあれば、入国後に日程変更を強いられるケースも多い。日本とは相当に異質の社会であることを十分に認識しておかないと、大きなトラブルに巻き込まれかねない。そもそも現在は、日本政府が北朝鮮への渡航自粛を勧告している。

観光業を重視する金正恩政権

金正恩政権は、観光業を重視する姿勢を明確にしている。日本海沿いの港町、元山には「元山葛麻海岸観光地区」が造成中だが、昨年5月以降、金正恩国務委員長はわずか1年間に4回も現地に赴いていることが大々的に報じられた。

さらに、内陸部の平安南道陽徳郡には「温泉観光地区」を建設中で、ここも昨年8月から既に3回も現地指導を行っている力の入れようだ。観光業が国連安保理による経済制裁の範疇に含まれていないこともポイントである。

既に述べたように、日本人観光客は数百人に過ぎないが、国境を接する中国からの観光客は爆発的に増加しており、近年は十万人を超える水準で推移している。中国人に限っては、査証どころか旅券を所持していなくても観光できる地域が設けられていることも大きい。

韓国の金大中、盧武鉉政権下で進められてきた金剛山観光、開城観光は、南北経済協力の目玉事業であった。それにより、延べ200万人もの韓国人が北朝鮮を訪れていた。この頃から観光業の活性化によるうまみを実感しているのだろう。

昨年9月に平壌で開催された南北首脳会談では、10年間中断している金剛山観光の再開が約束された。まだまだ先行き不透明であるが、米朝関係の進展如何によっては、経済制裁が一部緩和され、再び大量の韓国人観光客が北朝鮮を訪れる局面が訪れることを期待しての合意なのである。

【執筆:慶応義塾大学准教授 礒﨑 敦仁】

「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む
「隣国は何をする人ぞ」すべての記事を読む
「北朝鮮の観光」礒﨑敦仁著
「北朝鮮の観光」礒﨑敦仁著
礒﨑敦仁
礒﨑敦仁

慶應義塾大学法学部教授。専門は北朝鮮政治。
1975年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本大使館専門調査員、米国・ジョージワシントン大学客員研究員などを歴任。