周防監督が見た「裁判員制度」

国民が裁判員として司法に参加する“裁判員制度”の開始から今年で10年。

連載企画「この10年を、裁く ~検証 裁判員制度」では、今回ジャーナリストの大谷昭宏さんが映画監督の周防正行さんにインタビュー。周防監督はどんな思いで裁判員制度をみているのか。

大谷昭宏さん:
周防さんは『裁判員制度』について、思わぬ波及効果があってよかったと?

周防正行監督:
うまくいってほしいと思ってたんですけど、思っていたよりも劇的に変わったなというところはあります、良い方向に。変わり方の方向性としては今のところうまくいっているので、これをやっぱり上手に育てたいなって

裁判員制度を上手に育てたい、そう話すのは映画監督の周防正行さん(62)だ。

周防さんは、映画「Shall weダンス?」や「シコふんじゃった。」などコミカルな作品で日本アカデミー賞の最優秀作品賞を受賞。

裁判員制度が始まる前の2007年には一転、「それでもボクはやってない」で“裁判”を取り上げた。

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『それでもボクはやってない』で見せたかったのは「現実の裁判」

周防正行監督:
僕の映画の中でも珍しく、というかたった一本、良い映画にしたいとか、面白い映画にしたいとかっていう、良い映画を作ろうと思いではなくて、とにかく現実の裁判を見せたいっていうだけで作った

主人公は朝のラッシュで混雑する電車で、痴漢と間違えられ逮捕。裁判で無罪を訴えるものの、裁判官が出したのは有罪判決。その結末は波紋を呼んだ。

周防さんはこの映画を通じ、日本の刑事裁判の在り方に一石を投じたかったと話す。

周防正行監督:
面白いだとか何だの言われる以前に、これが裁判だ!だから最後も実際に無罪が出るってことは奇跡ですから、いつものように有罪で終わる。多分お客さんは不満を持つだろうと。不満を持ってください、嫌な気持ちで帰ってくださいと、それが日本の現実の裁判なんだということ。素人の僕にとってみたら、『それはひどすぎないか』というのが正直な感想でした。『精密司法』と呼んで、日本の裁判は素晴らしいといってたんですけど、ちょっと中をのぞいてみたら、どこが素晴らしいんだと、こんな裁判やっていてはまずいのではないかと

分かりにくかった裁判…裁判員制度で変化も

裁判員制度の導入前、日本の刑事裁判は、裁判官・検察官・弁護士の法曹三者のみで行われてきた。

「精密司法」とは、細かな取り調べに始まり、慎重な起訴を経て、事実認定を厳密に行う、日本特有の裁判のこと。しかし裁判では、専門的な法律用語も多く、傍聴している人には分かりにくいものだったと周防さんは指摘する。

周防正行監督:
傍聴に行ってもですね、いま何が行われているか全く分からないんですね。法曹三者、要するに裁判官・検察官・弁護士だけに分かる言葉で法廷が進んでいき、調書も法廷で受け渡しがされるだけで、裁判官はそれを家に帰って読みこんで、それで判決を書くというものだから、もしかしたら被告人にも何も分かっていないんじゃないか。それが裁判員裁判が始まって、一般市民にも分かる言葉で裁判が進むようになった。裁判官も、弁護士も、検察官も本当に一般市民が聞いて分かる、見て分かる、そういう裁判が行われるようになった、これはもう大進歩ですよね

裁判員裁判をきっかけに、国民にも分かりやすい裁判に変わってきたと話す周防さん。

名古屋地裁の現役の裁判官も、裁判そのものの変化を実感している。

名古屋地裁 須田健嗣裁判官:
手段としても分かりやすくプレゼンをするということなので、例えば当事者の論告とか冒頭陳述とか弁論とか、そういったものは非常にプレゼンテーションを使ったり分かりやすくなっていますし、あるいは裁判所が評議の中で説明する時も、パワーポイントを作って分かりやすく説明したりとか。自分が裁判員に選ばれているときに、妻や娘がせっかくの機会なので傍聴に来ていますと伺うこともありますので、そういう形で開かれているというところは実感することもあります

一方で、“裁判員制度”にはまだまだ課題も…

制度の課題を考える…元判事は評価するも裁判員経験者が口にする「守秘義務の壁」

5月19日、東京の青山学院大学で「裁判員制度」について考えるシンポジウムが開かれ、周防さんもパネリストとして参加。元最高裁判事や元裁判官も参加して意見を述べた。

元最高裁判事 浜田邦夫弁護士:
専門家による書面中心の法廷から、刑事訴訟の原則であるところの口頭主義、直接主義、法廷の公開の原則、さらには無罪の推定という原則がありますけど、こういったものがある程度実現されるという効果がありました

元東京地裁判事 早稲田大学大学院 稗田雅洋教授:
(法曹三者が)今まで自分が使っていた論理が果たして正しかったのかをもう一度考え直す、そして国民にきちんと説明できるような論理を考える、ということをするようになります。そういうことを通じて、裁判官の思考そのものもだんだん変わってくるというところはあるんだろうと思います。これは実は、裁判員裁判だけではなくて、裁判員裁判以外の裁判においても国民に理解しやすい論理を使うようになる。これは私は、裁判員制度を取り入れた非常に大きな意味じゃないかなと思っております

元裁判官たちもいかに分かりやすく国民に伝えるかを考えるようになったと評価する一方で、裁判員経験者からはこんな声も…

裁判員経験者の男性:
評議について当然守秘義務がありますので、個別の内容というのは話すことができないんですが、評議の中でわれわれ裁判員というのは当然、分からないことがたくさんあるわけで…

別の裁判員経験者の男性:
何か人に言って気持ちが楽になるということがあるのと逆の理屈で、言えない事が、自分の葛藤とかを解消できないきっかけにもなり得るので、差し支えない範囲で守秘義務に関しては軽くなってもらえると心の負担軽減というところにつながるのかなと思います

裁判員に課せられる守秘義務…。評議で出た意見や中身について他人に話すことはできず、違反すると罰則がある。「守秘義務」はどうあるべきなのか。

大谷昭宏さん:
良い制度であればもっと浸透させていく努力が本来であればなされるべきですよね、何か守秘義務が壁になっているというか…

周防正行監督:
(裁判員や経験者は)発信できないというか、そんなに守秘義務はガチガチじゃないですよといっても曖昧なところが多いので、どっちかわからないんだったら言わない方が身の安全だとなりますよね、当然。やっぱり社会に還元するべきもので、実際経験された方も話したい気持ちがあるので、そういう回路を作ってあげた方が良いと思います

最後に周防さんに聞きました「裁判員裁判の映画を作りますか?」

周防さんは、裁判員経験者を集めた交流会にも足を運んで意見に耳を傾けている。

周防正行監督:
僕は裁判員制度が始まる時に、裁判員制度賛成派として話すときに、『裁判官が影響を受けることもあるはずだ』とよく言っていたんです。短い期間の中で、裁判官の物言いだったり、何かで変化を感じたようなことはありますか?

交流会参加の裁判員経験者:
私の時はあったと思います。仮に自分が犯人だとしたらこういう行動とるみたいな、結構のめり込んで発言される方がいて、自分もなるほどと思ったときに裁判官の方も『ほー』なんて言ってらっしゃったので、それがどこまで影響したかは分からないですけど、完全に裁判官が支配する場ではないと思います

最後に、周防さんに1つ聞いてみた。

ーー裁判員裁判の映画を作りますか?

周防正行監督:
最近僕の勉強不足かもしれないですけど、裁判員裁判をきちんと扱ったドラマってないような気がするので、やっぱり誰かがやらないといけないんじゃないかなというのは思います。ただいつ具体的に裁判員裁判の映画を作りますとは言えないですけど、それは考えています。良い形で裁判員裁判というものの現実っていうんですかね、現実に選ばれたらこういうことなんですよというのは、伝わるようなものを作らないとまずいんじゃないかな、とは思っています

(東海テレビ)

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