いきなり次期大統領候補トップに

韓国の政界に激震が走った。

次期大統領候補を尋ねる複数の世論調査で、尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長がいきなりトップに躍り出たのだ。

次期大統領候補としてトップに躍り出た尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長
次期大統領候補としてトップに躍り出た尹錫悦(ユン・ソクヨル)前検事総長
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韓国社会世論研究所(KSOI)が3月8日に発表した世論調査で、尹前総長は32.4%の支持を集め1位となり、2位の李在明(イ・ジェミョン)京畿道知事の24.1%を8%近く上回った。3位は与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)代表で14.9%だった。

同日のリアルメーターの調査でも、尹氏が28.3%、李知事が22.4%、李代表が13.8%と尹氏がトップとなった。

尹氏は4日に、文在寅政権が進める検察改革に抗議して検事総長の職を辞任したばかりだ。前回調査で14.6%だった支持率が、今回大幅に上昇したことから一気に注目を集めた。

尹氏は「人に忠誠を誓わない」と宣言し、時の権力に捜査のメスを入れることも辞さない姿勢を貫いてきた。朴槿恵前政権の国政介入事件を捜査し、文大統領に評価されて検事総長に任命されたが、尹氏は文政権に対しても例外扱いしなかった。チョ・グク元法相を始め文政権の不正捜査を次々に推し進め、大統領府、法務省と鋭く対立した。一時は法相から停職処分を言い渡されたが、裁判所の決定で復職し徹底抗戦を続けてきた。

チョ・グク元法相(右)は、文大統領の側近中の側近だった
チョ・グク元法相(右)は、文大統領の側近中の側近だった

一方、文政権は検察の権限を縮小するため、次々に手を打った。2021年1月に高位公職者犯罪捜査処を設立し、検察が独占してきた捜査指揮権と起訴権持たせて検察を牽制した。それでも尹氏が文政権の不正捜査継続を推し進めると、今度は与党の一部議員が主導して、「重大犯罪捜査庁」の設立法案を国会に提出した。これは腐敗、経済、公職者、選挙など検察に残された6大犯罪の捜査についても検察の直接捜査を廃止し、重大犯罪捜査庁に移管するものだ。実現すれば検察は捜査権を完全に剥奪されることになる。与党側は6月中の法案通過をめざすとしていた。

検察の権限を縮小するために次々に手を打つ文在寅大統領
検察の権限を縮小するために次々に手を打つ文在寅大統領

文政権に抗議の辞任

こうした中、尹氏は任期を4カ月あまり残した段階で、抗議の辞任に踏み切った。

自身が検事総長の職に留まり続ければ検察の弱体化は避けられないと判断し、辞職により政権与党の圧力を弱める狙いもあった。

「この国を支えてきた憲法精神と法治システムが破壊されています。その被害はそのまま国民にもたらされるでしょう」

「私はこの社会が苦労して積み上げてきた正義と常識が崩れるのを、これ以上見過ごすことができません」

尹氏は文政権の対応を厳しく批判した上で、さらにこう述べた。

「今後もどんな場所にいても自由民主主義を守り、国民を保護するために力を尽くします」

尹氏は政界進出については明らかにしなかったが、この一言は2022年3月の大統領選挙への出馬に含みを持たせるものと受け止められた。

KSOIの調査では、尹氏は野党・国民の力の支持者が67.7%など保守層を中心に高い支持を集めた。年齢別では50代(35.3%)、60代(45.4%)と中高年の支持が多い。また、地域別ではソウル(39.8%)、忠清道などの中部(37.5%)、大邱・慶尚北道(35.3%)の支持が高い。大統領選挙の1年前になっても有力な大統領候補を見出せずにいた保守層にとっては、政権交代を託す待望の救世主が出現したことになる。

保守の救世主か、第三極結集か

尹氏の高支持率に最大野党・国民の力は色めき立っている。国民の力トップの金鐘仁氏は「尹錫悦前検事総長が星の瞬間を握った」と述べ、尹氏が大統領選挙の命運を握ったとの考えを示した。「野党に真の女王蜂が現れた」などと早くも尹氏を大統領候補に担ごうという声が出始めただけでなく、「○○氏が尹氏の陣営に合流した」「尹氏の支持者が動き始めた」などの根拠不明の臆測も飛び交っている。

野党のラブコールに対し、尹氏は4月7日のソウル・釜山市長補欠選挙までは、政界と距離を置くのではないかとの見方が多い。また、尹氏が国民の力の大統領候補にすんなり収まるとも限らない。朴槿恵前大統領を追い詰めたのも、また尹氏だからだ。尹氏を軸に保守・中道層を結集した「第三極」が形成される可能性もある。

朴槿恵前大統領を追い詰めたのもまた尹氏だった
朴槿恵前大統領を追い詰めたのもまた尹氏だった

大統領選挙の前哨戦となるソウル市長選では、野党候補の一本化実現をめぐり政治的な駆け引きが激化している。政治の季節に突入した韓国で、尹氏の存在が今後の政局にどんな化学変化を引き起こすのかが焦点となる。

尹氏の高支持率は最初だけでいずれ失速するとの冷めた見方もある。もう少し状況を見極める必要はあるにせよ、尹氏が「反文在寅」勢力を結集できれば、文大統領も退任後に不正捜査を免れない可能性が高まる。

「文大統領よ、震えて眠れ」-文政権と死闘を繰り広げた“天敵”が遂に動き始めた。

反骨の検事総長が次のステージでどんな戦いを見せるのか、注目したい。

【執筆:フジテレビ 報道局国際取材部担当兼解説副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。