イスラム教徒に課せられた二重のルール

SNSは、イスラム教徒が多数を占めるイスラム諸国や社会を大きく揺さぶっています。

なぜなら、イスラム教徒はイスラム教という宗教の戒律に従わなければならない上に、各々の国の法にも従わなければならないという「二重のルール」が課せられていますが、SNSは基本的にはそれらから解放された「自由」な空間だからです。ゆえに、SNSは人々を統制下におきたい宗教・政治当局者にとっては「やっかい」な存在であり、その統制や規制をかいくぐりたい組織や人々にとっては「便利」な存在であると言えます。

世界中のイスラム過激派がSNS活動を強化

「イスラム国」がプロパガンダや勧誘に利用したとみられるSNS
「イスラム国」がプロパガンダや勧誘に利用したとみられるSNS
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後者の代表例は「イスラム国」です。「イスラム国」は、主にSNSやチャットアプリなどを利用してプロパガンダ活動や勧誘を行なっています。SNS側がいくら規制を厳しくし関連アカウントを停止しても、別のアプリに主戦場を移したり新たなアカウントを次々に作ったりするので、イタチごっこの状態が続いています。今では他のイスラム過激派もこの「イスラム国」のSNS戦略を真似し、世界中のほとんどのイスラム過激派組織がSNS活動を強化しています。彼らは隠れて悪事を働く「秘密組織」ではなく、自分たちは正しいことを行なっているという強固な信念を持っているため、SNS経由でその「証拠」を世界に拡散することに余念がないのです。

エジプトの宗教権威であるアズハルは2015年、こうしたSNS上の過激派の動きをモニタリングする監視部門を立ち上げました。過激派の主張に対し穏健派の立場から反論を行うことを目的としていますが、その影響力は極めて限定的であり、皮肉なことに過激派の動きはますます活発化しています。

「アラブの春」と呼ばれる2011年以降広まった中東の動乱でも、SNSは大きな役割を果たしました。若者を中心に、FacebookやTwitterを通して反体制運動やデモへの参加が呼びかけられました。反体制運動の発生したエジプトやチュニジアでは、当時からインターネットの検閲は行われていました。しかしそれはそれほど迅速ではなく、また徹底されてもいませんでした。結果的に、ムバラク政権やベン・アリ政権は崩壊しました。

SNSの影響で無神論者が増加

エジプト当局が目を光らせているのは、イスラム過激派や反体制派だけではありません。近年は無神論者に対する取り締まりも強化しています。イスラム教において信仰を棄てること(棄教)、神はいないと宣言することは大罪とされています。ところがアズハルによると、エジプトの人口の約3%にあたる200万人が無神論者であり、それは主にSNSの影響で広まった深刻な現象だとされています。アズハルは政府とともに、2019年に「無神論との戦い」を宣言しました。

他のイスラム諸国と比較し、SNSの使用を大幅に規制しているのがイランです。イランではFacebookやTwitterといった「外国」のSNSは基本的に遮断されています。一方、同国のザリーフ外相はTwitterの公式アカウントで積極的に発信を続けていますし、一般の人々もVPN(Virtual Private Network)など迂回路を利用してそれらの使用を続けているという現実があります。

ヒジャーブ着用義務に反対する運動をする女性 ツイッターより
ヒジャーブ着用義務に反対する運動をする女性 ツイッターより

イランでは現在、一部の女性たちが頭髪を覆うヒジャーブの着用義務に反対する運動をSNSで行なっています。ヒジャーブを着用せずに街中を歩く様子を撮影し、それをSNSに投稿するのですが、すでに数多くの女性たちがこの行為によって当局に拘束され、禁錮10年以上の実刑判決を受けている人も少なくありません。イラン当局は今年7月、ヒジャーブなしの画像や映像をSNSに投稿した女性には最高で禁錮10年の実刑が科せられる可能性がある、と通達しました。



(YasmineMohammedさんのツイッターより 動画はヒジャーブを着用しない映像を投稿して逮捕された女性)

イスラム教徒のための婚活アプリも

結婚前の男女交際が戒律上禁じられているイスラム教徒にとって、SNSは「出会い」のツールでもあります。実際に会うわけではなく、オンラインでメッセージのやり取りをするぶんにはイスラム法に抵触しない、と認識している人が多いためです。実際に私のモロッコ人の友人の一人は、SNSで出会ったスペイン在住のイスラム教徒男性と結婚しました。

イスラム教徒用の婚活アプリもあります。ただし、親族以外の異性に顔を見せることは戒律に反すると信じる人が多いため、女性のほとんどは目以外の全てを黒い布で覆い隠した状態の写真を掲載しています。少なくとも、「見た目」で人選をするのは難しそうです。

国連の国際電機通信連合(ITU)は2018年12月、同年末までに世界のインターネット利用者数は約39億人、世界総人口の51.2 %に達し、史上初めて半数を超える見通しだと発表しました。SNSユーザーもますます増加しています。

情報を広め人と人とを結びつけるインターネットやSNSの普及は、イスラム社会に豊かさや楽しみだけではなく、新たな問題や規制ももたらしています。しかしそれは社会に、「小さくはない」風穴を開けたとは言えそうです。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

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飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。