普天間基地の移設工事に使用する埋め立て用の土砂を本島南部から採取する計画を断念するようを訴えるハンガーストライキが3日目に入った。

この活動の中心人物で県内各地で遺骨を収集してきた具志堅隆松(67歳)さんはどんな思いでストライキを続けているのか。

▽遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」具志堅隆松代表『戦争の犠牲者、戦没者が海に埋められることは望みません』『その遺骨を助けるためにも止めてください』

県庁前でハンガーストライキを続ける具志堅隆松さん。

ハンガーストライキを続けて3日目。

政府が去年4月に名護市辺野古の埋め立て用の土砂を本島内部から調達する計画を明らかにしたことに対し、沖縄戦の激戦地でいまなお戦没者の遺骨が残る南部の土砂を埋め立てに使うことは戦没者への冒涜だとして計画の断念を訴えている。

県内各地で遺骨収集のボランティアを行ってきた具志堅さん。

1柱でも多くの遺骨を遺族のもとに帰したいという一心で40年近くに渡り活動を続けている。

▽具志堅隆松代表「この人たちずっと待っていたんだよ我々が来るのを』

2011年、那覇市の収集現場で遺骨とともに遺品の万年筆が見つかり、その後のDNA鑑定で県内で初めて身元が判明。

▽伯父の遺骨が帰ってきた朽方成美さん『よう来てくれたなということでしょうね』『精さんも安心しただろうし私も安心して、みなさんにお世話になったという気持ちですね』

2017年には軍人などの遺族に限られていたDNA鑑定の対象が一般住民まで広がるなど具志堅さんの地道な活動で多くの遺族が救われてきた。

ハンガーストライキ開始から3日間で多くの人が応援に駆け付け、なかには今も遺骨が戻らない遺族の姿もあった。

▽沖縄戦の遺族『うちの姉は壕の入り口のほうに、入ったら割と入り口のほうに傷ついて寝ていたというんですよ』

戦争で父と兄を亡くした横田チヨ子さん。92歳の身体に鞭打ってストライキに参加し、この活動の意味を涙ながらに訴えた。

▽戦争体験者横田チヨ子さん『沖縄は平和にはなっているけどね、まだ南部辺りにはたくさんの遺骨の破片がたくさんあると私は信じているので』『(沖縄戦で)死にたくて死んだんじゃないですからね』『亡くなった人たちの犠牲のうえに私たちは生かされているという思いが強くて、(遺骨が)この海に冷たい思いでさらされると思うと夜も寝られない』

2012年に伯父の遺骨が帰ってきた朽方さんは「まだ家族の元に帰れる遺骨はあるはずだ」と声なき声に耳を傾けて欲しいと話している。

▽伯父の遺骨が帰ってきた朽方成美さん『国としてはそういうことを感じてないんじゃないですかね』『遺骨がそこから出るというのは、激戦地はただ激戦地だったからということで』『ですから具志堅さんもかなり強烈にアピールしているんだと思いますよ』『できるなら国の方針を変えてくもらえればありがたいと思いますよね』

▽遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」具志堅隆松代表『具志堅さんだけが頼みだから頑張ってよ』、『体は大切にしながらでも頑張ってよというのでその人たちもほとんど年配者なんですよ』『具志堅さんだけが頼りだからねというんですけど、私は今度はデニーさんあんただけが頼りだよということを言っています』

具志堅さんは国に対し南部の土砂採取計画を断念すること、そして、県に対しても知事権限を行使して土砂の採取を止めるよう求めている。

▽遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」具志堅隆松代表『デニーさん、助けてくみそーれ助けてくみそーれ』

具志堅さんの切実な声がきょうも響いている。