新時代を迎えた東京・九段の追悼のトライアングル

令和になって初めての「終戦の日」となった8月15日。昭和から平成の日本人にとって、追悼と平和への誓いを新たにする大事な日であり、歴史認識をめぐり外交問題に発展することもあった、センシティブな日だ。

 
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東京・九段には8月15日に追悼の場となる3つの重要な施設がある。戦没者が祭神として祀られている靖国神社、引き取り手のない戦没者の遺骨を納めた慰霊施設である千鳥ヶ淵戦没者墓苑、そして天皇陛下ご臨席のもとで全国戦没者追悼式が行われる日本武道館だ。この3カ所を当日に取材してみると、新時代を迎えたそれぞれの重い課題が浮かび上がった。

静かだった靖国神社…安倍首相の参拝はなく玉串料を奉納

 

九段北にある靖国神社。折からの猛暑の中で、西日本を横断中の台風の影響か、ときおり強い通り雨が降った。境内には早朝から、多くの参拝者が訪れ、戦没者に追悼の祈りを捧げた。軍服を来た人などが集団で参拝し、それを周囲の参拝者が写真に納めるのも例年通りの光景だ。そして境内は昼頃には参拝者で埋め尽くされ、正午の時報に合わせて厳かに祈りが捧げられた。

一方、政治家では、午前中に自民党の稲田朋美総裁特別補佐が参拝し、安倍首相の代理として「安倍晋三」の名前で玉串料を奉納した。また「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の議員52人や、自民党の萩生田幹事長代行、小泉進次郎厚労部会長、そして野党議員数人も参拝した。

安倍首相の代理として参拝した稲田朋美総裁特別補佐

一方で安倍首相本人や閣僚の参拝はなかった。その影響もあってか、国会議員が出入りする到着殿の周りは、首相の参拝がある年や、政権への不満が充満していた年の熱狂に比べると、比較的静かだった。参拝の是非は別として、その厳かな様子は、追悼の日としては、よりふさわしいものだと言っていいかもしれない。

安倍首相の参拝がなかったことについて参拝者に聞いてみると、参拝してくれた方がいいけど事情もあるのだろうと理解を示す声が多かった。安倍首相が自らの基盤である保守層をグリップしていることも、首相の参拝見送りへの不満が表面化しないことにつながっているのかもしれない。

参拝議員から出た天皇陛下「御親拝」のためのA級戦犯分祀論

靖国神社は今後、神社を支える戦没者遺族の高齢化や減少という問題に直面すると指摘されている。令和の時代に現在の位置づけのままで、存在感を維持できるか心配する声もある。

そうした中で、今回靖国神社の参拝を終えたある自民党の保守系議員に、今後の靖国神社の課題について聞いてみると、意外な言葉が飛び出した。

 

「A級戦犯の分祀でしょうね。我々国会議員が300人参拝するよりも、天皇陛下に参拝してもらえることの方が大事だ。英霊も陛下の参拝を望んでいるはずだ」

この議員は、天皇陛下の靖国参拝、いわゆる「御親拝」が途絶えているのは、昭和天皇が、東条英機元首相ら先の大戦の「A級戦犯」が靖国神社の祭神として合祀されたことに不快感を示したためだという認識だ。そのA級戦犯を神社の祭神から外し別に祀る「分祀」を行えば、もっとも大切な天皇陛下の参拝の環境が整うというのだ。

昭和天皇の靖国参拝中止の理由については、元側近のメモからA級戦犯の合祀が理由だと指摘されていて、保守派の論客らからはメモの信ぴょう性への疑義や、昭和天皇の意思とは解釈できないなどとの異論が提起されているものの、現時点で元側近のメモは有力な根拠だとの意見は多い。

ただA級戦犯を分祀するのは最終的には靖国神社の判断であり、そもそも神道上、一度合祀した祭神を分祀することは不可能だという意見も強い。安倍首相も含め自民党内ではA級戦犯分祀には否定的な意見が多い。そこで先のA級戦犯分祀に言及した参拝議員に、では自民党内で今後どう分祀論を展開するつもりなのかと聞くと、答えに窮していた。

一方で別の自民党のベテラン議員は「戦死したと思われていた小野田寛郎さんも横井庄一さんも靖国に一度合祀されて生存確認後に取り消されたはずであり、分祀はできないことはない」と主張する。

分祀論はかつて、首相や閣僚らの靖国参拝に対する中国や韓国からの批判をかわすための方策として検討されてきたが、外国からの干渉に対する反発も強く、動くことはなかった。今回もすぐにこの問題が動くことはないだろうが、令和の時代に天皇陛下の「御親拝」を実現させるべきだという観点で議論が盛り上がった場合は、再び分祀論が脚光を浴びる場面が来るかもしれない。

いずれにしろ「靖国で会おう」を合い言葉に出撃し命を落とした方々のために、どういう形で追悼し、それを通じて日本人がどんな思いを新たにするのがいいのか、令和の時代も模索は続きそうだ。

靖国と比べ人の少ない千鳥ヶ淵戦没者墓苑で聞いた危機感

 

靖国神社参拝を見送った安倍首相が午前11時過ぎに訪れたのが、靖国神社から700メートルほど離れた場所にある「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」だ。

ここは、国が設置した無宗教の慰霊施設で、先の大戦の犠牲者の遺骨のうち、身元がわからないなど引き取り手のない遺骨が納められている。つまり「無名戦没者の墓」であり、かつてアメリカのケリー国務長官(当時)らが訪れたこともある。

ここを午前9時30分頃訪れると、仏教団体が追悼と平和祈念の式典を執り行っていた。一方で、式典の参列者を除くと、一般の訪問者は非常に少なかった。それは、広さの違いもあるとはいえ、靖国神社の光景とは対照的だった。

式典に参加していた自民党の女性国会議員2人に話を聞いた。2人も、ここを訪れる人の少なさを受け、今後を危惧していた。その上で次のように語った。

「戦争について語り継いでいくことは重要だ。そのために国会もメディアも大事だが、遺骨収集というのもとても大事だ。アメリカの資料をたどれば、まだ見つかっていない日本人戦没者の遺骨はたくさんある。その収集など令和の時代にも出来ることはまだまだある」

そして2人は遺骨収集のための予算を確保する重要性を強調した。

墓苑には、遺骨収集事業や、上皇さまが天皇だったときの海外慰霊の旅などに関するパネルが展示され、昭和天皇と上皇さまが詠まれた歌「御製」を刻んだ石碑があった。上皇さまが詠まれた歌は戦後60年にあたっての次の歌だ。

「戦なき 世を歩みきて 思ひ出ず かの難き日を 生きし人々」

 

宗教色がなく靖国神社とは性格の違う施設だが、訪問者が少ないのはもったいないと思わざるを得ない施設であり、令和の時代にこの墓苑をどう位置づけ、運営していくか、政府の対応が問われそうだ。

日本武道館の全国戦没者追悼式。遺族高齢化の中でどう次世代に継ぐか

靖国神社の目の前の靖国通りに立ち、皇居の濠を埋め尽くした蓮の葉が揺れる水面から振り向けば、屋根に大きなタマネギ状の飾り「擬宝珠」を抱いた日本武道館があった。

 

この日本武道館で、5月1日に即位した天皇陛下が初めて臨席される中、全国戦没者追悼式が開かれた。正午の黙祷の後、天皇陛下は約7000人の参列者を前に「さきの大戦においてかけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします」と語り、次のように続けられた。

「ここに過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

「深い反省」という上皇さまの表現を踏襲されつつ、陛下自らが戦後生まれであることを踏まえ、いくつか表現を変えられた。

一方、式典の参列者も戦後生まれが1650人と初めて3割を超え、80歳以上の参列者が2割を超えるなど高齢化が進んでいる。

参列者の1人の遺族男性に話を聞くと、遺族の高齢化が進めばこうした追悼の場が「いつかなくなるかもしれない」との危機感を示していた。その上で、「しっかりと戦争を語り継いでいかないといけない。なかなか難しいが、今日も小学生の子どもに、追悼式に行ってくるからテレビで見てと言った。いつか子どもを1回は連れて来る」と語った。

急減する「戦争を知る国会議員」。その1人の鳴らす警鐘

この戦没者追悼式の参列者の1人で、戦争で空爆を体験している自民党のベテラン議員に話を聞いた。実は、衆参の国会議員約700人のうち、終戦の日より前に生まれた議員は30人を切った。物心がついていて戦争の記憶があるという議員はもっと少ない。この議員は、戦争を知る政治家として、アメリカや東アジア各国の情勢も踏まえ、現在と今後の政治について次のように語った。

「国際環境がトゲトゲしくなっている中で、外国も日本も、外に敵を求めやすくなっている。自国第一主義でありナショナリズムだ。戦前もそうだが、そうした空気が強くなると、反対意見は通りづらくなり、「反対」と言いづらくもなる。だからこそ、そうした時に為政者は不人気を覚悟の上でナショナリズムを抑える動きをすべきだ。いかに冷静な判断ができるかだ」

その上で、日本も諸外国も、対立することがあったとしても「どうあっても戦争はしないというのを常に確認すべきだ」という。ちなみに、安倍首相の側近で、保守派の1人である自民党の萩生田幹事長代行は、靖国参拝後に次のように語っている。

「これから先は本当に戦争を知らない世代が日本の政治の中枢に立つことになる。常に怖れをもって二度と過ちを繰り返さないその信念でしっかりと国を導いていきたいと思う」

この世界の激動の中で、いかに毅然として各国と向き合い、しかし戦争への怖れも常に抱きつつ、冷静に外交を展開できるかどうか。令和の時代の政治家に求められていることだし、メディアや国民1人1人もその責任の一端を負っているのだと思う。

【執筆:フジテレビ 政治部デスク 高田圭太】