いざ北方領土訪問へ しかし領土問題に触れるのは厳禁!?

先の大戦が終結した1945年以来、旧ソ連・ロシアによる不法占拠状態が続いている択捉島・国後島・色丹島・歯舞群島の4島からなる北方領土。現在いずれも日本人が普通に訪れることはできない島だが、私は政府の『北方四島交流事業』に参加し、国後島と色丹島に渡った。

この交流事業の目的は、「領土問題の解決を含む日ソ(日露)間の平和条約締結問題が解決されるまでの間、相互理解の増進を図り、もってそのような問題の解決に寄与すること」と定められていて、ビザなしで渡航して北方領土の状況や4島に住むロシア人の生活実態を確認できる貴重な機会となっている。

事業開始27年目を迎えた今回の渡航の結団式にあたり、北方領土に渡るのは6回目だという訪問団の大野久芳団長は、私にとって意外な言葉を口にした。

「自ら進んで住民の方に北方領土問題を投げかけることはできれば遠慮していただきたい

つまり我々訪問団員から、島に住むロシア人に対して領土問題に関わる発言をしないでほしいというのだ。団員の1人として北方領土問題の解決に向け自分はどういった役割を担えるのか?などと多少気負っていた私は当惑せざるをえなかった。

大野団長は更に、今回の訪問はあくまでも交流が主体であり、北方領土問題に関して、日本側は「受動的」な姿勢に徹するとした。なぜならば、領土問題の交渉は「政府の役割」であり、交流事業の役割は、その交渉にむけた「環境整備」という位置づけだからだという。言い換えるならば、日本人の訪問団とロシア人の島民が領土問題について侃々諤々と議論をしたところで、領土返還に資するわけではないということだ。

ビザなし訪問団の大野久芳団長

こうした現状に至った経緯について長年この交流事業に参加してきた関係者がこう語ってくれた。

「いつの頃からか、向こう側は領土問題を話題にすることに嫌気がさしてしまったのよ。『日本人の言いたいことはもうわかっている』って。それで、これ以上この話題ばかりを続けるなら交流はやめるなんて言い出してね。でも、この交流事業が途絶えてしまったら、誰も北方四島の現状や開発を確認できなくなる」

この交流事業、私が想像した以上にロシア側に主導権を握られているようだ。

訪問団員の思いは様々…ロシア人の本音が知りたいとの声も

北海道・根室港を出発するビザなし訪問団(8月14日)
北海道・根室港からビザなし交流専用船「えとぴりか」で約4時間の船旅

領土問題について話したくても、ロシア人から言及してくれるのを待たざるを得ないという状況について、今回参加した訪問団員は本当に納得しているのだろうか聴いてみた。

「日本側が置かれたこうした現状を発信することも我々訪問団の意義なのかと思う」
「日本側の文化を紹介して、少しでも日本をわかってもらうことが、いつかやってくる(返還の)ときに結びついていくと思っている」

訪問団員それぞれが今回の交流事業の意義について、前向きに考えようとしていた。そんな中、こんな声が聞かれた。

一番聞きたいのはやっぱり本音、(北方領土を)返したいのか返したくないのか。結局は政治が決めることだから自分たちが言ってもどうしようもないっていうのがあるだろうけども」

とても控えめにこう話してくれたのは、元島民2世の寺澤敏之さんだった。領土問題に関して直接的な会話ができなくても、何となくロシア人の本音を感じたい。これは多くの訪問団員が抱く思いであるように感じた。

「ロシア人の本音を感じたい」元島民2世の寺澤敏之さんら多くの訪問団員が抱く思い

国後島上陸、ロシア側の本音は意外な形で示される

国後島に着いた訪問団は、島の代表への面会を皮切りに、近年新たに作られたという「こども園」や「スポーツ施設」などを矢継ぎ早に視察し、獅子舞や万華鏡といった日本文化やスポーツの体験を通じてロシア人島民と接する機会を得た。

獅子舞の体験
万華鏡作りの体験 

ただその間に、訪問団員と島民とがしばし会話にふけるという場面は中々なかった。そうして迎えた国後島での最終日、ロシア側からのメッセージは意外な形で示された。

その日の午前中に私たちが訪れたのは、「郷土博物館」だった。島内に生息する動植物の展示から始まり、島民の暮らしの展示へと足を運んでいく中で、ある1枚のパネルが壁に貼られていた。北海道やその周辺のサハリンや千島列島、北方四島などが描かれた地図だ。そしてその地図の説明には次の記述があった。

「1945年。第二次世界大戦によって、ソ連が日本に対する戦闘行為の最中、サハリンと隣の島(4つの南の島)を占拠した」

事実関係はその通りだが、つまりは『北方四島はロシアが日本との戦争に勝って手に入れた領土だ』というメッセージと受け取れた。

郷土博物館

このパネルを見つめていた元島民2世で今回の訪問団の副団長も務める濱松禎高さんは、「これがロシアの本音ですかね?」という私の問いかけに「間違いないね」とつぶやいた。そして誰にでもなく、無言のパネルに向かって「これだけ(四島だけ)返してくれたら問題ないんだけどなあ。平和に終わるんだけどねえ。ホントに…」と語りかけた。

本音を聞きたくともグっと我慢してきた日本の訪問団に対して、ロシア側は言葉ではなく、無機質な1枚のパネルを使って、自分たちの本音を端的に伝えてきたように感じられた。

訪問団の副団長も務める濱松禎高さん

ロシア人との意見交換も本音は語られず

国後島視察の最後の日程は、ロシア人家庭へのホームビジットだった。ロシア人島民の一般家庭を訪れ、約3時間、お互いの会話を中心に交流を図るもので、今回のビザなし交流事業の中で最もロシア人と意見交換ができる機会として設定されていた。

私が訪れたのは、夫婦と高校3年生の娘さんの3人家族だった。挨拶も早々に手料理やお酒でもてなしてくれたご家族に対して、島での生活ぶりなどあれこれと質問した。

夫婦と高校3年生の娘さんの3人家族
挨拶も早々に手料理やお酒でもてなしてくれたご家族
高校3年生の娘さんは日本のアニメが好き

そんな中、私と一緒にこの家庭を訪れていた元島民2世の寺澤さんは、以前私に「本音を知りたい」と語っていた通り、「日露共同経済活動についてどう思うのか」と切り出した。するとニコラエヴナさんは…。

「聞いたことはどこかであるけど、それは政治的な問題だから

明らかに、一家のそれまでの柔和な雰囲気が一変した。そして…。

「一市民として何も言えません。ただ、解決できればもちろん歓迎します。とても素晴らしい大統領ですし、彼のやることに私たちは反対しない。尊敬しています」

と、最後はプーチン大統領を讃える言葉を口にし、この話題を終わらせた。

政治問題を切り出す元島民2世の寺澤さん
政治の話に一家のそれまでの柔和な雰囲気が一変

とても本音を聞ける環境ではないと思いつつ、彼らが使った【政治的な問題】というフレーズがやけに印象に残った。なぜなら、我々日本側も、交渉は【政治の役割】という前提でこの交流事業に臨んでいたからだ。双方の立場や主張が違う中、お互いに【領土問題は政治の問題】として、「本音」を語ることができずにいる。なんとも奇妙な共通点だと感じた瞬間だった。

無力感はあれど継続する意義も…待たれる領土交渉の前進

国後島での日程を終え、次に向かった先の色丹島は、天候の影響もあり、滞在時間が2時間ばかりと限られ、日本人墓地の墓参などに限られた視察となった。

今回の交流事業に参加したことで、初めて北方領土の現状を目で見て、肌で感じることができた。そういう意味でこの事業の意義は感じた。ただ誤解を恐れず言うのならば、それは一方的に開発が進んでいく島の様子を眺めてきただけとも言えた。そんなある種の無力感も漂う中、大野団長は全日程を終えた後の記者会見を、次のような言葉で締めくくった。

「やり続けていくことで、いつの間にか島は日本の領土になりますから、当たり前のことを当たり前にするということに結びつけられればいいと思われます」

帰国した大野団長ら訪問団(8月20日・根室港)

行き場のない心の葛藤が元島民を含む我々日本人はもちろん、ロシア人島民にも少なからず存在する。そしてお互いに、それぞれの国が、政治が、いずれ解決してくれると願うしかない。こうした思いを日本とロシア双方の政府はしっかりと受け止めてきたのだろうか?そしてこの先、解決に向けて動くのだろうか?それを確かめるのが、私の次の仕事になりそうだ。

(フジテレビ政治部 福井慶仁)