「笑顔のシンデレラ」誕生の地へ

世界を虜にした「笑顔のシンデレラ」の誕生から1か月が過ぎた。

渋野日向子選手が輝きを放った「現場」や、その輝きに魅了された人々を取材しようと、私たちはロンドンから北に1時間車を走らせた。向かった先は、全英女子オープンの舞台、「ウォーバンゴルフ・カントリークラブ」だ。

クラブハウスに入ると、優勝トロフィーを掲げた渋野選手の大きな写真が飾られていた。出迎えた、クラブの支配人のジェイソン・オマリーさんは「このコースで2019年の全英オープンが行われたことを永遠に記念するものだ。ずっと飾り続ける」と、誇らしげに話してくれた。

クラブハウスに飾られている渋野選手
クラブハウスに飾られている渋野選手
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オマリーさんに付き添われ、コースに向かうと、歴代の選手権優勝者の名前が刻まれたボードがあり、「2019 HINAKO SHIBUNO」の名前もあった。この通路はここでプレーするゴルファー全員が通る場所だ。

HINAKO SHIBUNOの名前が刻まれた歴代優勝者のボード
HINAKO SHIBUNOの名前が刻まれた歴代優勝者のボード

コースに出ると、その美しさに思わず息をのむ。訪れたのは平日の早朝だったが、すでに多くのゴルファーが集まっていた。このクラブのメンバーはおよそ1500人。「メンバーになるには3年待ち」とも言われるほどの人気だそうだ。

朝から集まっているゴルファー達
朝から集まっているゴルファー達

土地を所有するのは、イギリスの貴族のベッドフォード公爵だ。もともと山林だったこの地を都市開発から守るためにゴルフ場を建設。自然を生かした設計で、森がそのまま残り、高い木がコース脇にあるのが特徴だ。

英国の名門ゴルフクラブならではの雰囲気に私は少し緊張していたが、メンバーやスタッフは気軽に話しかけてくる。温かい雰囲気にあふれていた。

美しい森に囲まれたゴルフコース
美しい森に囲まれたゴルフコース

渋野選手こそが皆に望まれた優勝者

私たちは渋野選手が勝利のパットを決めた18番ホールのグリーンへ。オマリーさんは今回の全英オープンを次のように振り返った。
「私たちはトーナメントのために1年かけて準備してきた。天候に恵まれることと、素晴らしい勝者が誕生することを願っていたが、今回はその両方がかなった夢のような大会だった」

オマリーさんは、渋野選手のプレーのみならず、彼女の人間性に惹きつけられたという。
「マナー、そして笑顔が素晴らしかった。彼女に引き込まれ、それは多くの人に伝播していった。この18番で彼女がトロフィーを掲げた時、渋野選手こそが、この会場にいる全ての観客やスタッフが望んだ優勝者だということがわかった。実は、そのあと私と息子2人で、渋野選手と写真を撮ってもらった。彼女は、写真を希望するすべての人に対応していた。本当に礼儀正しい女性だった」と振り返る。そして、オマリーさんは、後日、渋野選手が自身のロッカーのネームプレートを優勝した記念に持って帰ったと知り、「嬉しかった」と笑顔がこぼれた。

ゴルフ場支配人 ジェイソン・オマリーさん
ゴルフ場支配人 ジェイソン・オマリーさん

全英オープンでは日に日に渋野の人気が高まり、ギャラリーも増えていった。イギリス人らに加え多くの日本人ギャラリーも駆け付けた。このクラブの唯一の日本人メンバーで、在英37年になる吉倉隆治さんもその一人だ。

応援に駆け付けた吉倉さん
応援に駆け付けた吉倉さん

「2016年の全英女子オープンゴルフも観戦したけど、その時、韓国勢の応援がすごかったのを覚えていた。今年もすごいだろうと思い、『このままだと若い渋野さんを一人にしてしまう。応援に行かなければ』と思い駆けつけた」と話す。

そして、吉倉さんは、あっという間に彼女のファンになったという。その理由をこう振り返った。
「試合中、彼女はよく食べて、よく話していた。観客にも手を振り、握手し、サインもしていた。全部笑顔で、だ。こんな選手はいなかった。観客はみんな彼女に引き込まれていった。特に18番のセカンドショット。打つまでかなり待たされていたにもかかわらず、笑顔で何かを食べていた。それを見て、観客たちはぐっと彼女に引き込まれた。私自身、優勝の『瞬間』に立ち会うことができたのは、人生最高の出来事だった。」

観客にサインする渋野選手 吉倉さん撮影
観客にサインする渋野選手 吉倉さん撮影

宿泊していたホテルでも人々を魅了

このゴルフ場から車で10分。渋野選手は全英オープンの期間中、この「ウォーバンホテル」に宿泊していた。取材を進めると、渋野選手はゴルフ場のみならず、宿泊先でも人々を魅了していたことがわかった。

ホテル支配人のスー・クローリーさんは、
「彼女はいつも笑顔で、スタッフにも親切だった。イギリス人の選手もいたけど、私たちは、密かに彼女に優勝して欲しいって思っていました(笑)。彼女はリラックスしていて、宿泊していたギャラリーにも気さくに写真撮影やサインに応じていました」と話す。

そして、劇的勝利の翌朝も、奢ることなく、それまで通りの様子だったという。
「優勝した次の朝も朝食会場に一番に来て、それまでと全く変わらず、みんなに手を振ったりしていました。本当に素晴らしい人です。最後、彼女が出発する日、私たちはみんなで拍手して見送りました」

ホテル支配人 スー・クローリーさん
ホテル支配人 スー・クローリーさん

ウォーバンで渋野選手に接したイギリスの人々は、彼女を愛していた。今回取材した人たちに、最後に彼女へのメッセージを求めると・・。
「彼女は“私たちの”チャンピオン。いつでもここに戻ってきて。歓迎するから。これからもずっと応援するよ」。
皆があの「笑顔のシンデレラ」との再会を心から願っていた。

渋野選手も写真を撮った、ウォーバンの美しい田舎町
渋野選手も写真を撮った、ウォーバンの美しい田舎町

(追記)
全英女子オープンゴルフの舞台「ウォーバンゴルフクラブ」、月曜日から金曜日ならビジターでもプレーできる。料金はおよそ2万2千円から。渋野選手が宿泊したホテルとプレーとのパッケージもある。宿泊費と2日間のプレーでおよそ4万2千円から。

渋野選手の優勝以後、日本からの問い合わせが頻繁にあり、ゴルフ場もホテルのスタッフも日本の観光客に期待しているという。ありがたいことに「渋野選手と同じ国の出身ならゴルフもうまいだろうしね(笑)」と日本からのゴルファーを歓迎している。

ゴルファーの読者ならば、いつか現地で12番ホールの池越えに挑戦し、18番ホールのラストパットの後にパターを天に掲げて「しぶこ」気分を味わってみてはどうだろうか。

【執筆:FNNロンドン支局 小堀孝政】

小堀 孝政
小堀 孝政

取材&中継の報道カメラマン。
元ロンドン支局特派員 ヨーロッパ、アフリカ各国の取材を経験