あなたは高級魚の「のどぐろ」をご存じだろうか?
プロテニスプレーヤーの錦織圭選手が取材中に食べたいものを聞かれ、「のどぐろ」と答えたことで一気に知名度が上がったと言われているが、実はその生態の多くはまだ「謎」に包まれているそうだ

そんな「謎」に迫るニュースが飛び込んできた。

海底を泳ぐ「のどぐろ」の姿を国内初撮影!

8月26日、新潟県の水族館「マリンピア日本海」は、福島県の「ふくしま海洋科学館」との共同研究で、海底を泳ぐ「のどぐろ」を撮影することに成功した。

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海底を泳ぐアカムツの幼魚:出典マリンピア日本海(画像全て)
海底を泳ぐアカムツの幼魚:出典マリンピア日本海(画像全て)
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確かに、1匹の魚が映っている。
なかなか素人の我々には撮影の難しさの判断がつかないが、この撮影調査は2015年から過去3回実施してきたが、いずれも空振り。

今回は水深150m付近の砂泥で、幼魚と成魚の2個体を撮影できたという。
一連の調査で「のどぐろ」は砂泥を好み、岩場には近づかないこと、活発な遊泳はせず、海底から近い場所に留まるように泳ぐことなどが確認された。


海底を泳ぐアカムツの成魚:出典マリンピア日本海(画像全て)
海底を泳ぐアカムツの成魚:出典マリンピア日本海(画像全て)

改めて、「のどぐろ」は、1年を通して脂がのっている高級魚として知られ、その味わいから「白身のトロ」とも呼ばれている。
東南アジア、オーストラリアなどにも分布しており、水深100~300mに生息している。

ちなみに、「のどぐろ」という名前は通称で、正式名称は「アカムツ」
なのでここからは「のどぐろ」と「アカムツ」が同じ魚だと思って読み進めていただきたい。

アカムツの水槽
アカムツの水槽

実は、今回撮影に成功した「マリンピア日本海」は、2013年に「アカムツ」を人工ふ化させて稚魚に育成することに世界で初めて成功している。
さらに「アカムツ」を成魚まで育成することにも世界で初めて成功
現在、「アカムツ」の幼魚(稚魚の次のステージ)を展示しているのは国内でここしかないそうだ。
そして今回、国内で初めて「アカムツ」が海底を泳ぐ姿の撮影に成功した。

なぜマリンピア日本海はこんなに「アカムツ」の研究に情熱を注ぐのか?
どんな苦労があったのか?担当者に聞いてみた。

初心に戻って撮影に成功した

――なぜ「アカムツ」は撮影が難しいの?

理由の一つは、他の魚より個体数が少ないことです。
やはり「高級」だったり「希少」と言われる魚は、カメラになかなか映らないのです。

また、冬になると水深が深いところに移動してしまうと言われています。それが、今の産卵期になると、水深が浅いところまで移動してくるんです。

今回撮影されたように「アカムツ」はお腹を海底にくっつけるぐらいの低い位置にいて、水流に逆らってその場にとどまるように泳ぎます。
これは水槽で育成している「アカムツ」でも見られていました。
ですので、岩がない平坦な砂の上に泥が堆積したような場所を好むことや、群れは作らないで単独行動をしていることは予測していました。

そこでROV(水中探査機)を潜らせたんですけど、これまではいくら探しても見つかりませんでした。
それでいくつか予想を立てました、
漁師さんは、夕方に「アカムツ」がたくさん獲れるというので、昼間はもしかしたら岩礁帯に隠れているんではないかとか。マリンピア日本海で育成している「アカムツ」は、照明を暗くするとみんな浮き上がるので、もしかしたら海底から浮き上がってるんじゃないかとか。

でも全然見つからなくて、もう一回初心に立ち返って、砂泥のところに戻って撮影できたんです。
いろんなことを調べたり考えながらやってきましたが、結果的には水槽内で見られる、我々が予想する通りだったということでした。

撮影に使用した「ふくしま海洋科学館」の水中探査機
撮影に使用した「ふくしま海洋科学館」の水中探査機

――「アカムツ」を発見したとき何を考えた?

マリンピア日本海は、他県と「アカムツ」の幼魚を放流する共同研究をしているんですが、放流場所を選ぶのにとても苦労をしていました。
最初に見つけたのは幼魚だったので、この研究のことが頭に浮かびました。

「アカムツ」は産卵期に水深100メートルのところにもやってきますが、主な生息水域は200メートル以深と言われています。
ですので、幼魚は早い段階で水深200メートルに行くのではないかと考えていました。
しかし、1歳になるぐらいの幼魚が150メートルで見つかったんです。

ですから、このぐらいの場所に放流するのが一番いいのかと、思いました。
多分、エサが豊富だったり、幼魚に適した水温だったりするのではないかと考えました。

「アカムツ」の水族館での飼育が難しいワケ

――どうしてそんなに「アカムツ」の研究に熱心なの?

新潟県では昔からとてもなじみ深い魚なんですが、ほんの10年ぐらい前までは、水族館で生きた姿が見られませんでした。
たまに1~2匹展示されることはありましたが、常設展示はなかったんです。
つまり脇役的な存在だったんですが、それを主役として「新潟の魚です」と紹介したいというのが一番の理由です。

――そうはいっても簡単ではないのでは?

まずは漁獲された成魚を水族館まで運ぶというのを2年間やってみました。
そもそも深海に住む魚を扱うこと自体が難しいんですけど、それに加えてアカムツは数が取れないんですね。
1000匹いれば1匹や2匹は状態がいい魚もいるんですけども、アカムツは1回あたりに数十匹しか取れないので、状態のいい魚を探すのが非常に大変でした。

また、実際に魚に触れて分かったんですけど、底引き網で獲れた「アカムツ」はほとんどウロコが取れてしまっているんです。
釣りで針を外そうと触っただけでもウロコが取れてしまいます。
あと、他の魚に比べて筋肉がすごく柔らかくて、すぐに傷が付いてしまいます。

さらに連れてきたアカムツは、エサを食べてくれないんです。
エサ食べないでそのまま死んでしまう個体も相当数いました。
このように、いろいな意味で水族館で飼育するのが難しいことが分かってきました。

すると、寺泊というところでやっていた漁に乗り合わせたとき、産卵期を狙った漁だったので成熟した「アカムツ」が獲れました。
そこで苦肉の策ですけど、成熟した「アカムツ」を使って、卵からふ化させて育てれば深海の水圧も関係ないですし、水温の急激な変化も関係ないと考えました。
人工ふ化や育成も大変で、4年ほどかかってさまざまな条件を見つけ、ようやく成功したというわけです。

水中探査機
水中探査機

――これからは何を研究する?

実は、当時稚魚に育成した個体が現在も生きています。
間もなく6歳になるということですね。
しかし、オスは成熟するんですが、メスは卵巣が発達しないんです。どうやったら卵巣が発達させられるのかが分からないんです。

「アカムツ」の繁殖習性は複雑です。
水深200メートルぐらいを好んで生息している魚が、季節をどこかで感知して、浅いところに集結するんです。
そのメカニズムが分かれば、水槽内で再現できるんじゃないか。さらに再現すれば、もしかしたらメスが成熟するんじゃないか。
そこでROV(水中探査機)の調査をしたのです。

水深200メートルというと、ほとんど光が届きません。
さらに太平洋側と違って、日本海側では1年中水温が変わらない水深なんです。
それでも「アカムツ」は季節を感知しているんです。

そして、浅いところに来ると体の中に組み込まれた遺伝的ななにかが働いて、成熟するための脳内物質を出すのかもしれません。
産卵期に成魚が水深何メートルぐらいにいるのかを見ていけば、もしかしたら分かるかもしれません。

――ということは撮影はこれからも続ける?

そうですね。
今回撮影した「アカムツ」の「成魚」とされている個体は、オスか未成魚だと思います。
なぜかと言いうと、この時期のメスはすごく大きいんです。
オスは体長が20センチ以上にはほとんどなりませんが、メスは40センチぐらいになります。

この時期はメスもたくさん浅いところに来ているはずです。
メスが、どのぐらいの水深に、いつぐらいに来るのかを知りたい
あとオスとメスが寄りそっているのか、もし寄り添っていたら海底付近で産卵している可能性が高いんですね。
そういうところを見ていきたいと思います。

ところで、併設のレストランに「アカムツ」料理があるが…

――マリンピア日本海のレストランでは「アカムツ」料理を出しているが、水槽の魚を使っている?

(笑)違います。
普通に漁獲されて、流通している食用のものを仕入れていると思います。

――「アカムツ」のおすすめの食べ方は?

いや~、食べるほうは、よく分かりません。
買ったら高いですから。(笑)
今年は特に高くて、新潟の市場で8月の1キロ当たりの価格は8000円と聞いています。市場でも1匹5000円~6000円ですから、普通に買ったら1万円超えてしまいます。

漁師さんに食べさせてもらったことはあるので、しいて言うなら、おすすめの食べ方は「焼き」だと思います。
ただし、脂が多すぎて、網で焼くと身がボロボロになるので、家庭ではなくお店などプロに焼いてもらったものが一番おいしいと思います。
でも「アカムツ」は、「焼いてよし煮てよし」と言われている魚ですのでどんな食べ方でもおいしいと思います。



今回撮影された映像は、2020年「マリンピア日本海」で開催する開館30周年記念企画で公開展示する予定だという。

ついつい「のどぐろ」というと食べるほうに目が行きがちだが、マリンピア日本海では「新潟の魚です」と紹介できるように、飼育で困難となっている繁殖行動のきっかけを見つけることなど、まだまだ謎の多い生態についての研究意欲にあふれていた。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。