戦場で闘う女性医師

今月14日にサウジアラビアの石油施設がイランによるドローンとミサイルで攻撃を受けるという衝撃的な事件が起きて緊張が高まっている。イエメンではハーディー暫定大統領をサウジアラビアが支援し、イランはシーア派武装組織のフーシー派を支援する代理戦争が熾烈を極め、シリア内戦では勃発後の9年間で死者が37万人を超え、内戦が終結する気配もない。

攻撃を受けたサウジアラビアの石油施設
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そんな混迷を極める中東で、医療活動を続ける日本人女性外科医がいる。国境なき医師団に所属する吉野美幸さん(39歳)だ。

戦地で長年、活動する外科医と聞いて“眼光が厳しい女傑”を想像していたが、その華奢で柔らかな物腰からは、“戦争”いう言葉が連想できない。

負傷者を次々に治療していく吉野美幸医師

2012年に国境なき医師団に参加した吉野さんは、今までアフガニスタン、イエメン、中央アフリカなど強者の戦場ジャーナリストでさえ及び腰になる紛争国の最前線で医療活動に従事してきた。1年の半分は国境なき医師団の医師として海外で活動して、残りの半年は埼玉県にある新座志木中央総合病院で消化器一般外科を専門にする外科医として勤務する。どの医局にも属さないフリーランスの外科医という、まるで人気ドラマの主人公のような吉野さんが医療への道を目指したのは高校3年生だという。

発展途上国と医療

戦地では女性や子どもが犠牲になることが多い

「一番人間の根本にあるものは医療ではないか?発展途上国では、まともに年をとることすらできず、そこでつまづいている子供がいっぱいるんだなと思いました。」

東京都板橋区にある小さな自転車屋を営む両親にとって彼女が進学した私立の聖マリアンナ医科大学の学費を捻出するのは大変なことだったという。
「裕福な家庭のクラスメートの中でバイトしている生徒は私くらいでした」
父は自転車屋の他にも深夜のガソリンスタンドで、母は仲居のバイトをするという、まさに家族一丸となり3000万円という学費を稼いで掴んだ医師への道。国境なき医師団から支払われる月給は24時間のオンコールで働き約23万円と、それは戦地でも変わらない。

患者に優しい表情で治療方針を説明する吉野医師

1年の半分を過酷な戦地で活動する彼女を家族はどう思うのだろうか?
「本人が選んだ道なので仕方ないですが、今まで苦労したのだから、高給を貰って、もっと楽な生活をしてもいいのではないかと思います。」
そう言って苦笑いする父の弘一さんだが、娘を誇りに思う気持ちと優しさに溢れていた。

吉野医師の父、弘一さん

何事にも動じない“冷静な医師”

現在、吉野さんはイラク北部のカイヤラの病院で活動している。イスラム国掃討作戦による空爆で生活基盤が破壊され、気温50度を超える過酷な状況下、住民は今なお困難な生活を送っている。病院に搬送されて来るのは、粗末なガス器具で火傷を負う女性や子供の患者が多いという。

一緒に働く同僚たちに吉野さんの印象を聞くと、どんな外傷にも動じない“冷静な医師”と口を揃え、患者には、長年の経験で培った外科医の腕は安心感を与えている。戦争によって病院が不足しているこの地で、吉野さんたちは戦下に生きる住民にとって“最後の砦”となっている。

同僚にテキパキと治療方針を示す吉野医師

終わらないどころか、ますます泥沼化していく戦争に対して、医師という立場で関わってきた吉野さんは、どう考えているのだろうか?
「中東に限らずですが、権力、土地、資源などなど、利権争いを繰り広げている人達には、他人を思いやる気持ちがないのかなと感じます。言葉を変えれば、相手の立場や気持ちを考える想像力の欠如。自分が有利になるなら他人が被害を被ってもよいとする独善的な考えが、争いを生むのかなぁ、と漠然と思います。でもそんな勝手な人は実はごく一部の権力者で、その他の善良な一般市民や子供達が犠牲になっているのは本当に悲しいことです。」

パレスチナのガザ地区ではイスラエル軍の空爆で負傷した50人を超える手術を一晩で行ったという吉野さんだが、どれだけ手術をして命を救っても、争いが続く限り次々と犠牲者が生まれる。目の前のごく少数の人しか救えないと無力を感じることもあるという。

「いつか争いがない世界を・・・」

「それでも私がこの仕事を続けるのは、“ハチドリの一滴”ではないけれど、この小さな努力が沢山重なっていけば、いつか何かを変えられるのではないかと思うからです。この現状を世論に訴え続けることで、いつか争いがない世界が実現できるのではないかと祈っているのかもしれません。目の前の命を救うこと、現状を伝えること、それを諦めて止めてしまったら何も変わらないと思うので、小さな努力でも続けていきたいと思っています。」

【執筆:カメラマン 横田徹】

横田徹
横田徹

報道カメラマン

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